【世界のかわいい家#2】ウィリアム・モリスが称賛した
「イギリスで最も美しい村」

ロンドンから西に電車で1時間30分ほど、美しい緑の丘と農地がパッチワークのように広がる光景が次第に目に入るようになってきます。イングランドの中央に位置するコッツウォルズは標高300メートルを超える丘陵地帯で、小さな村が点在し、羊たちがのんびりと牧草を食べているイギリスらしい牧歌的な風景が広がる地域です。そもそもコッツウォルズとは、古典英語で「羊小屋がある丘」という意味をもち、その名の通り、羊毛産業の地として栄えていました。しかし、時代の波に追われ次第に産業は衰退していきます。20世紀に入ると、昔ながらのイギリスの田園風景をいまに伝える観光地として次第に世界中から注目されるようになりました。現在では、イギリス人からもリタイア後に住みたい自然豊かな場所として羨望の眼差しが向けられています。

ロンドンのパディントン駅から電車に乗って1時間30分ほどで、コッツウォルズの東の玄関口バーフォードに到着します。そこからバイブリーへは、車で南西に20分ほど

昔ながらの風景をとどめる村が点在するコッツウォルズの中でも、特別な魅力を放つのがコッツウォルズ南部にある小さな村バイブリーです。緑の木々の中、14世紀に形成されたはちみつ色の石灰石「ハニーストーン」の石造りの家が建ち並びます。19世紀、詩人やデザイナーとして多才な才能を発揮したアーツ＆クラフト運動の創始者であり、モダンデザインの父とも呼ばれるウィリアム・モリスは、その景観を「イギリスで最も美しい村」と称賛します。とくに修道院の羊小屋として建てられたコテージが連なるアーリントン・ロウはもっともバイブリーらしい風景で、石造りの建物が連なって建つ様子や起伏のある道、おだかやに流れる小川の光景はまさに絵に描いたように美しく、見ているだけで小川のせせらぎや鳥のさえずりが聞こえてくるようです。

石造りの羊毛倉庫は、機織り職人の住居や工房としても使われていましたが、現在は歴史的建築物の保護団体であるナショナルトラストが所有しています

バイブリーにある創業350年以上のザ・スワンホテル。よく手入れされたイングリッシュガーデンと蔦に覆われた建物が歴史を感じさせます

バイブリーをはじめコッツウォルズの建物の印象づけているのが、外壁に使用されているハニーストーンです。ハニーストーンは、コッツウォルズで採れるライムストーン（石灰石）の一種で、少し黄味がかった色合いが特徴です。天然石のためコッツウォルズの中でも地域によって少しずつ色味が違い、村それぞれの家並みを印象づけています。また、石造りの建物は重く、重心が低くなるために童話の中に出てくるような可愛らしいフォルムになっています。屋根も石葺きで、上部にいくほど石の大きさが小さくなっていきます。これは職人たちが、重い石を屋根にのぼって取り付ける際の工夫と言われています。

コッツウォルズの石造りのコテージ。勾配の強い屋根は、雪や雨水が流れやすいようにつくっています

玄関扉はセージグリーンにペイント。コッツウォルズで最もポピュラー色味で、柔らかいはちみつ色の外壁の魅力を上品に引き立てています

コッツウォルズを訪れたらぜひ見てもらいたいのがバイブリーから北へ車で30分ほど、丘陵地帯の中心部で最も高い場所にあるストウ・オン・ザ・ウォルドの聖エドワード教会です。11∼15世紀に長い時間をかけて建てられたノルマン建築様式の教会で、内部は簡素な造りですが、見どころは教会の北側にある大きなイチイの老木に包まれた古い扉です。『ホビットの冒険』や『指輪物語』の作者として知られるJ・R・R・トールキンがこの教会を訪れ、古い扉の佇まいから物語のインスピレーションを得たとも言われています。バイブリーや聖エドワード教会をはじめ、建物と自然が一体となった風景を見るために世界各地から観光客がコッツウォルズを訪れているのです。

イチイの老木に守られるように佇む古い扉。『指輪物語』のエルフとドワーフの友情の証である「ドゥリンの扉」を彷彿とさせます