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木の多様な表情を引き出す、安藤萌の作品で住まいを豊かに

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住まいや家具に多く使われる身近な素材である木。木工作家の安藤 萌(もゆる)さんが生み出す作品は原木が持つ固有の魅力を引き出し、木の新しい表情を教えてくれます。作品への姿勢と現在のスタイルへ行き着いた経緯、そして住まいに木の温もりを取り入れるポイントを伺いました。

木の乾燥工程で生まれる変化が作品を仕上げる

長野県上田市野倉。市街地から300mほど標高が高い静かな里山に、木工作家・安藤 萌さんの工房兼ギャラリー「森のうつわ屋」はあります。築100年を超える茅葺き屋根の住宅をリノベーションした空間に並ぶのは、木の形状や年輪を生かして生み出された食器や花器、ランプシェード。木とは思えない薄さ、柔らかな曲線や野趣あふれる木肌で構成された形は二つとして同じものはなく、自然がもつ美しさに魅了されます。

和室のギャラリーで凛とした存在感を放つ花器や食器。ランプシェードもサクラやナラの木から削り出して製作

木の色を生かして透明なガラス塗料で仕上げたもの、漆を塗って濃い色に仕上げたものとで違う雰囲気に

木工製品は乾燥させた板材からつくる方法が主流ですが、安藤さんが用いるのは、乾燥させていない生木(なまき)を木工旋盤という機械で削り出し、加工後に乾燥させる「グリーンウッドターニング」という技法。乾燥するにつれ自然な歪みやねじれが生じ、人の意図を超えた美しいラインが生まれる点が特徴です。

カエデの器。丸く成形した後、乾燥の過程でエッジになめらかな曲線が表れます

「生木の丸太から器を削り出し、2カ月ほど自然乾燥させます。乾燥の過程で生じる歪みやねじれは毎回違って、経験上予想はできるんですけれど、想像を超えたおもしろいラインが生まれることもある。それが楽しいんですよね。割れが入ることもありますが、どう直したら美しいか考えて、漆で埋めたり紐で編んだり、自然がもたらす変化に自分で合わせていくこともおもしろさです」

削る前にスケッチや図面は描かず、手作業で削りながらその木に合う「素直な形状」を探ります。作り手の意図と自然がもたらす変形が融合し、独自の美しさが生み出されるのです。

割れた部分を紐で編み、漆塗りで仕上げたカキの木の器

作品の輪郭に生命力を宿す

8年前まで家具職人として働いていた安藤さん。生木を加工する現在のスタイルになってから、一つひとつ異なる色味や木目、粘りの強さといった木の性質を再発見したといいます。乾燥木材よりも軟らかいため繊細なラインを削り出せる生木は、最も薄いもので1.5o程度の厚みに仕上げられることが特徴。それゆえ、自然が生み出す繊細なラインがいっそう際立ちます。「フォルムや輪郭、エッジのディテールで作品の生命力が変わる。最も意識を注ぐ部分です」。

興味深いのが、自然界に存在する曲線の再現を意識して削り加工を施す点。例えば物を投げたときに描く放物線や、蜘蛛の巣に見られる懸垂曲線など、美しさと構造的な合理性をあわせ持つ曲線をデザインに取り入れています。自由に作る中にルールを設けることで、「良い曲線」が生まれると安藤さんは話します。

節や杢が描き出すパターンは一つひとつ違い、選ぶ過程も楽しみ【写真提供:森のうつわ屋】

一つひとつの作品を眺めていると、年輪や節、杢(原木の断面に現れる複雑な模様)といった原木固有の特徴が描き出す緻密なパターンに魅了されます。丸太の形状や切り出す角度によって年輪が表れる位置が変わったり、幾何学的なパターンに見えたり。「この木はもともとこの向きで生えていたんです」と安藤さんの解説を受けながら作品を眺めていると、自然がもたらす造形美に驚きます。さらに、菌が木の中に入り込み繁殖することで生まれる黒い模様「スポルテッド」や山で1年以上放置された丸太のくすんだ色味など、その木にしかない魅力を活かし、作品に昇華させています。

スポルテッドが描き出す偶然の模様

この日見せてもらったのは、ハルニレの木の加工。長さ1mほどの丸太から2枚の木皿を作ります。始まりは、丸太をチェーンソーで切断するダイナミックな作業。断面に対し直角に刃を入れて板状にスライスし、四方の角を落とした上で木工旋盤にかけ、皿の形状に加工します。木目の出方、皿のふちに樹皮が少し出るように計算し、削りをかけていく。木目と形状を見極めて皿の裏側になる外側の形を決め、それに合わせて内側を削って仕上げます。

チェーンソーで丸太をダイナミックに切断

木目がどのように出るかを計算しながら、断面にコンパスで皿の円形を繰り出します

木工旋盤にかけ、皿の外側から形を整えていきます

身近な山で手に入る木を使い、作る

材料となる木の大半は、林業に携わる知人や農家から譲ってもらったもの。リンゴ、ナラ、サクラ、カエデ、カキなど多彩な樹種が集まってきます。木が豊富に手に入る環境ゆえの方法であり、環境に与える負荷も最小限です。

「事前に材料の基準を決めず、“あるもので作る”ことを基本にしています。こんな作品を作りたい、このサイズの木がほしいと先に決めると、必要がない木は捨てることになってしまう。それが嫌だから」

安藤さんがウッドターニングを始めた理由の一つが、身の回りで手に入る木を材料にできること。仕入れや材料の在庫場所を考える必要がなく、家具製作に比べて少ない機械でシンプルにものづくりができるスタイルに惹かれたと言います。分業ではなく、材料の調達から完成まで一人で完結できる方法にもこだわりました。

ギャラリーに隣接した小屋を工房に

「仕入れがないからロスを気にせず、自由にチャレンジできる点も大きいですね。失敗しても新しい材料が手に入りやすいから、ダイナミックに木を使える。そうした自由さが、作品の形に表れると思うんです。買った材料はどうしても効率良く使いたいという発想になるし、チャレンジングなことはできないから」

イメージした作品にふさわしい木を選ぶのではなく、手に入った木から「何を作るか」を発想する。荒々しい表情を持つ木は存在感のあるオブジェに、なめらかな質感を持つ木はランプシェードに。それぞれの個性を生かすため、技術の引き出しを増やすことを大切にしています。

「例えばワイルドな表情のものに作風を限定してしまうと、なめらかな木は捨てることになってしまう。いつどんな木が手に入るか分からないから、どんな木もうまく利用できるように色々な加工を学んでいきたいんです」

光を灯すと木目が美しく表れるランプシェード。白く柔らかいサクラやナラの木を使用

フィンランドで学び、家具職人から器作家へ

長野県で生まれ育った安藤さんは高校卒業後にフィンランドへ渡り、美術学校を経て現地の美術大学へ進学。家具の設計やプロダクトデザインを学びました。現地ではビジネス的なものづくりの考え方やマーケティングまで広範囲にわたり学びましたが、さらに具体的な木工技術を深めたいと、フィンランドから富山大学へ1年間「逆留学」。大学卒業後に帰国し、富山大学大学院に進んで木工芸を専攻しました。

その後、岐阜の飛騨高山で家具職人として就職します。約3年働いたのち、用途だけでなく存在感のある生活道具を作りたいと器づくりに舵を切り、独立。2018年に現在の工房を構えました。

「もともと器が好きでしたし、木に向き合い、一つひとつの個性を生かした形を考えながら作ってみたかったんです。毎回新しい発見があるから楽しくて、性に合っていると思う。木の器といえば厚みがあって素朴なイメージがありますが、そこから抜け出し、自由に作ろうと思えるようになったことで現在のスタイルに行きつきました」

独立して8年を迎える安藤さん

作品はこのギャラリーや東京のセレクトショップで販売するほか、オーダーメイドにも対応。料理が映える器をレストランから依頼されることも増えています。

「例えば食器には料理を盛り付けるという用途がありますが、使いやすさやオーソドックスな形を考えるより『こんな形がおもしろいですよね』と変わったものを提案することが多いです。規格的な作品は世の中にたくさんあるから、これ使えるの?と思われるぐらいの形にする。そうすると喜んでもらえることが多くて、自由に作っていいんだなと確信を持てるようになりました」

漆塗りで仕上げたカキの木の皿。割れや大胆な歪みが味わいとなり、料理を引き立てます【写真提供:森のうつわ屋】

築100年超の古民家を自宅兼ギャラリーに

自宅を兼ねたギャラリーは、知人から借りている築100年以上の茅葺き屋根の木造住宅。改装の許可を得て、建築家である父のアドバイスを受けながら半年かけてほぼDIYでリノベーションを行いました。間仕切り壁と床材を撤去し、床板を張り替えるところからスタート。一方で、囲炉裏に燻された茅葺き屋根や現代では見られなくなった小舞下地の土壁、上質な材を使った上り框、床の間など、古びてなお魅力を放つものは大切に残しています。室内で使われていた建具からは板ガラスを取り外し、建具職人に依頼してさまざまなガラスをパッチワークのように組み合わせて、新しい建具に再生しました。

左/ギャラリー奥のキッチン。右上の壁は、煤で燻された古い小舞下地の土壁
右/キッチンでコーヒーを淹れる安藤さん。カップや食器棚の食器は自身の作品

入口の土間。建具のガラスは家中の建具から集めて再構成したもの。存在感を放つ柱は、地元の知人に譲ってもらったクリの木

障子越しに柔らかな光が注ぐ二間続きの和室がギャラリー。床の間や古い階段、漬物樽をディスプレイスペースに見立て、作品を展示しています。木を多く使った静かな空間に並ぶ作品が抑えた光を受け、柔らかな陰影を描いています。

目を引くのが、一面のみブルーに塗装した壁。木の色や漆の黒を引き立て、モダンなインテリアにも作品が調和することが伝わってきます。安藤さんが生み出す薄くシャープな造形は、直線で構成されたモダンな空間にも似合い、住宅はもちろん、ホテルやマンションの共有スペースに置く作品のオーダーも増えています。

古い階段や建具をディスプレイに使用。奥のテーブルは漬物の樽を再生したもの

木のアイテムを住まいに取り入れるポイント

「例えば白い壁の面積が多い住宅に、自然素材である木の食器や花器を取り入れると豊かな表情が生まれます」と安藤さん。ギャラリー奥の自宅でも、自身が製作した器や花器を使っています。暮らしに木のアイテムを取り入れるヒントを聞きました。

気軽に取り入れられるのはボウルやカップなどの食器類。安藤さんも自身の器を日常的に使っています。使ううちに経年変化した傷やシミも味わいになっているそう。

安藤さんが普段使っているカエデの皿と、漆塗りで仕上げたカキの木のカップ。皿は表面をガラス塗料が仕上げているため多少の水や油にも耐え、経年変化が愛着を増します

「木の器はフルーツやパンはもちろん、サラダやパスタを盛り付けても楽しい。グリーンや生ハムの色が映えるんですよ。日常の手入れは、陶器と同じように食器用洗剤で洗って乾かせば大丈夫。漆仕上げのものは使っていく中で擦れることもありますが、それがかえって綺麗だなと思います」

ボウルやプレートは、何も入れずとも置いておくだけでオブジェ代わりに。一つひとつの存在感が強いため、「余白を広めにとって飾ると際立ちます」と安藤さん。

キッチンの窓辺にボウルと花器を置いて。同じ形を並べて色やディテールの差を楽しんでも

ペンダントライトも、住まいに取り入れると空間のアクセントに。薄く仕上げているため光を灯すと木目が浮かび上がり、目を楽しませてくれます。ダイニングテーブルの上に2、3灯を並べて吊るすほか、玄関や洗面室のあかりとしても。安藤さんのギャラリーで用いているようにディスプレイスペースと組み合わせれば、印象的なコーナーが生まれます。

ギャラリーの一角のディスプレイスペース。ペンダントライトの光とあいまって印象的な空間に

「直線や均質な色で構成されることが多い現代の住まいに木の有機的な表情を取り入れることで、空間が少し変わって見えるかもしれません」と安藤さん。一つひとつ異なる形と表情を持つ作品から好きなものを探して、住まいに招き入れてみてはいかがでしょうか。

森のうつわ屋

ギャラリー情報

住所 長野県上田市野倉936
電話 080-9661-1136
営業時間 土日祝10〜16時、平日予約制 2025年3月頃まで冬季休業中

安藤萌/森のうつわ屋HP

安藤萌さんInstagramアカウント

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