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【昭和レトロ建築さんぽ#1 秀和レジデンス】かわいい外観が人気のレトロなマンション

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街を歩きながら、レトロで独特の魅力を放つ昭和の建物を紹介する「昭和レトロ建築さんぽ」。第1回目は、1964年の東京オリンピックイヤーに竣工したマンションシリーズ、青い屋根、白い塗り壁、アイアン柵のバルコニーが特徴の「秀和レジデンス」です。

「マニア」が愛するレトロマンション

街を歩いていて、「前にも、これに似たマンションを見たことがある」と気になったことはないでしょうか。印象的な青い屋根に、立体感のある白い塗り壁、バルコニーには曲線を描く黒いアイアン。南欧風のレトロな外観に惹かれてアプローチで名前を確かめると、どうやら“秀和レジデンス”と呼ばれるヴィンテージマンションのようです。

「第二南平台レジデンス」(1969年竣工)のエントランス。印象的な青い屋根と白い塗り壁の外観に、床は青と黄色のタイルが規則的に並び、小さな花が咲いたように見える

なぜ同じようなデザイン?そもそもいつ頃に建ったもの?他にはどこに何棟くらいあるのだろう。知りたくなって検索してみると、なんとその名も『秀和レジデンスマニア』というサイトを発見しました。サイトを運営する谷島香奈子さんは、リノベーション・不動産会社の代表を務めながら、コツコツと大好きな秀和レジデンスの情報を集めては、自社サイトで紹介してきたそう。2022年には、同じく秀和レジデンスのファンであるhacoさんと共著で『秀和レジデンス図鑑』という本も出版しています。「好きが高じて、秀和レジデンスの物件を購入してリノベーションしたこともあるんですよ。家族で十数年、暮らしていました」と語る谷島さんに、秀和レジデンスの歴史、その魅力や特徴についてうかがってみました。

1964年、東京オリンピックの年に第一号が誕生

秀和レジデンスの第一号「青山レジデンス」。建築家・芦原信義設計による直線を多用したモダンなデザインが魅力。2021年に建て替えのため解体

秀和レジデンスとは、1957年に実業家の小林茂によって設立された秀和株式会社が、建設・販売したマンションシリーズのこと。第1号は、東京オリンピックが開催された1964年、渋谷の並木橋交差点近くに誕生した青山レジデンスです。「東京芸術劇場などの設計で知られる芦原義信が設計した、直線的でモダンな外観のマンションでした。残念なことに、建て替えのため2021年に取り壊されてしまって……。本を出そうと思ったのは、その当時の記録も含め、秀和レジデンスの歴史やデザイン、人々の暮らしをちゃんと残しておきたいという気持ちからでした」と谷島さん。

1967年竣工の「外苑レジデンス」。青い屋根、白い壁、黒いアイアンの秀和スタイルが定まったのはここから

青い屋根、白い壁、黒いアイアンという、現在よく見られる秀和レジデンスのスタイルが誕生したのは第1号が完成してから3年後の1967年。青山キラー通り沿いに今もその姿を見ることができる、外苑レジデンスからのことだそう。以後1980年代まで、このスタイルの秀和レジデンスが東京を中心に数多く建てられました。創業社長の小林茂は、飲食業から出発した敏腕経営者。学生時代は建築学科に籍を置いたこともあり、マンションの設計には人一倍こだわりがあったそうです。内装の豪華さだけでなく、特に力を入れたのが『外観』でした。たとえば本社の屋外に、イタリアから取り寄せた色とりどりのタイルを雨ざらしにして耐久性を研究。そうして時間とともにどう色褪せて変化するかを確かめてから採用したといったエピソードも残されています。

左/秀和レジデンスのエントランスの床を飾る色鮮やかなタイル。「青南レジデンス」は丸いパターンを波のような流線形が挟む。中/玄関ホールにステンドグラスがある教会のような「洗足レジデンス」のタイルは、透明感のあるブルー系。右/茶系の丸いパターンの間を埋めるように配された、赤と青のタイルが鮮やかな「奥沢レジデンス」

南欧風と呼ばれることの多い秀和レジデンスですが、「初期に設計を担当されていた方に取材したところ、実際はドイツやスウェーデンの建物のディティールからも影響を受けているということでした」と谷島さん。でこぼこと塗り跡をあえて残した外壁、通称“ラフウォール”。これはかつて麻布にあった、ブリヂストン創業者の邸宅の壁からインスピレーションを受けて採用されたものだとか。ヨーロッパの建物から日本の邸宅まで。さまざまな建築から影響を受けて、あの愛らしく印象的な外観は生まれたといえるでしょう。

モルタルで凹凸をつけた「秀和上野毛レジデンス」のラフウォール。建物ごとに模様が異なる

青い屋根、白い壁、黒いアイアンの魅力の秘密

秀和ブルーの屋根、アイアン柵、ラフウォール、タイルと、秀和の特徴を凝縮した「東荻窪レジデンス」のアプローチ

街で秀和レジデンスを見つけるポイントは、何といってもあの屋根の青色。薄い青色もあるものの、多く物件では青空にも際立つ濃い青色をしています。この色、実は昭和のお父さんが吸っていたタバコの「ピース」のパッケージから決めたのだそう。印刷業界では「ピー紺」とも呼ばれる色は、ちょうど秀和レジデンスが続々と建てられた1960~70年代に、グラフィックの世界でも一世を風靡した流行色だったのです。大規模修繕では、管理組合から「もとのままの色を再現してほしい」とオーダーされることが多いといいます。レトロでおしゃれな雰囲気は、そんな新旧のこだわりから生まれているのかもしれません。

「桜丘レジデンス」の塔。“秀和ブルー“と呼ばれる青が印象的

「桜丘レジデンス」のバルコニーに付けられた黒いS字のアイアン柵。鋳物の吊り下げ看板の書き文字もいい味を出している

バルコニーに取り付けられたS字の黒いアイアンも、秀和レジデンスの大きな特徴です。他にも、防犯と装飾を兼ね備えた窓の面格子、アプローチの大きなアーチ、壁の一部をくりぬいて飾った小さなモチーフなど、建物ごとにデザインの違う金物の装飾がマンションそれぞれの個性をものがたっています。バルコニーのアイアンは東京・墨田区の町工場で作られていましたが数年前に廃業し、金型も残っていないため壊れてしまうとオリジナルと同じには修復できないそう。昭和のモノづくりの貴重な遺産と思うと、大切に残してほしいという気持ちになりますね。

「桜丘レジデンス」のように、エントランスに色鮮やかなステンドグラスを設けた物件も多い

つるりとした均質な外壁の建物が増えるなか、立体的で個性ゆたかなラフウォールに手作りの温かみを感じる人も多いのでは。左官職人さんの手によってモルタルがさまざまな形に塗られ、白く色付けされた壁。「ある秀和レジデンスのエントランスには、花の形をしたアイアン飾りがあります。その横に見える壁の模様が、他の壁とは明らかに違うレリーフで、『もしかしたら茎と葉っぱでは?』と気づいたとき、とても感動したんです」と谷島さん。ちょっとした遊び心を、宝物のように探せる。それも、人の手で作られたヴィンテージマンションならではの魅力といえそうです。

日本中に134棟。レトロマンション散歩を楽しんでみては

花と蔦をモチーフにしたシャンデリアや赤い絨毯の螺旋階段、リゾートホテルのような「高輪レジデンス」

他にも、季節ごとに建物を彩る植栽、アプローチ(敷地の入り口から玄関までの通路)を飾る色鮮やかなタイル、屋上にある青い屋根の塔屋は、散歩の途中でも眺めて楽しむことができるでしょう。運よく出入りする人がいれば、入り口に設置された美しいステンドグラスやシャンデリアを外からちょっぴり覗いてみることができるかもしれません。

1964年から2000年までに144棟が建設された秀和レジデンスは、建て替えもあり、現存するのは134棟。その多くは東京都内ですが、千葉、埼玉、神奈川の他、静岡、大阪、福岡、北海道にもそれぞれ個性的な秀和レジデンスが、住む人に愛され、街の風景になっています。自分が住むならどれにする?なんて考えながら、散歩を楽しんではいかがでしょうか。

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