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知りたい!ケイミュー
立体造形作家・渡邉篤子×SOLIDO
祈りを原点に、素材が導くイメージを形に
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愛媛県今治市を拠点に、身近な素材を使って立体造形作品を生み出し続ける作家、渡邉篤子さん。作品は日光東照宮に奉納されたほか、イタリアやタイなど海外の展示イベントにも招待されています。そんな渡邉さんは2017年にケイミューの建材「SOLIDO(ソリド)」に出会い、作品の素材として取り入れるようになりました。「SOLIDOに触れると、作品のイメージが湧いてくる」と話す渡邉さんに、SOLIDOの魅力と作品に込めた想いをインタビューしました。
“背景”だったSOLIDOがくれたインスピレーション
2020年の終戦記念日。立体造形作家の渡邉篤子さんが完成させたのは、それまでの作風を一新する作品でした。作品タイトルは「空〜くう〜」。光が絞られたモノトーンの世界に浮かび上がる紡錘形と床に落ちる影が、さまざまなイメージを掻き立てます。

2020年の立体作品「空〜くう〜」。中央は和紙を細かく裂いてつくった「こより」の集合。こよりの語源は「神+より」で、願いを結ぶ意味があるのだそう【写真提供:渡邉篤子】
約1.8m四方の大型作品の中心に浮かぶのは、愛媛・内子町産の大洲和紙(おおずわし)でつくった「こより」約2,500本をつなぎ合わせたもの。渡邉さん自身がこよりを一つひとつつくり、平和を祈るメッセージや祝詞(のりと)を墨で書き入れています。
印象的な造形を際立たせているのが、部分によってテクスチャーが微細に異なるグレーの壁と床。鑑賞した人の多くが「これは何ですか?」と尋ねるというこの素材は、本来は建材。セメント素地が持つムラを生かしたケイミューの窯業(ようぎょう)系建材「SOLIDO(ソリド)」です。本作のインスピレーションの源になったのが他ならぬSOLIDOだった、と渡邉さんは振り返ります。
「作品のイメージが固まる前に、作品撮影の背景にする目的でSOLIDOを床と壁に見立て、組み立ててみたんです。すると、それだけでもう完璧な作品に見えてしまって。圧のようなものさえ感じ、どんな作品を置いても負けてしまう気がしました。『この背景にふさわしい作品を、私はつくれるのだろうか?』と焦ってしまったんです」
そこで渡邉さんが試みたのが瞑想でした。SOLIDOに囲まれた空間に座り、目を閉じて瞑想を続けること3日間。現在の造形のイメージが湧き上がってきたといいます。
「空間を裂いて、何かが現れてくるイメージが一気に浮かびました。そこで大量のこよりをつないで空間に浮かび上がるイメージで天井から吊るし、裂け目を表現したんです」

渡邉篤子さん。「空〜くう〜」の撮影写真を大洲和紙に印刷した作品と共に。作品は壁に「SOLIDO typeF coffee」、床に「SOLIDO typeM_FLAT」を使用
およそ2,500本のこよりをつくる作業は、同じ動きを反復することによる「行動瞑想」の状態を引き起こし、「つくりながら、無意識になる瞬間がありました」と渡邉さん。まさに「空」になって制作した作品だと振り返ります。
かつての渡邉さんの作品は木の枝や花、石、廃材など異素材をミックスすることで独自の世界を構成していましたが、SOLIDOに出会ってからは和紙と墨、SOLIDOと、ミニマムな素材と色で表現するものが増えています。
理由は、工業製品でありながら天然素材のように二つとして同じ表情を持たないSOLIDOの独創的な質感。セメント素材を高温蒸気の中で硬化させる際に現れる白い模様「エフロレッセンス」をあえてそのまま生かし、生まれた過程を物語るSOLIDOは、単体で多くを語りかけるのです。
「『空〜くう〜』はこれまでの作品と違い、余計なものを削ぎ落とす発想で取り組みました。素材を絞り、余白をつくることで作品が際立つことを発見すると同時に、シンプルだからこそごまかしが効かない難しさも痛感しました」

着色塗装を施さず、コンクリート業界では従来タブーとされた表面に現れる白い模様をそのまま生かした「SOLIDO」【写真提供:ケイミュー】
フラワーアレンジの世界から造形作家へ
生まれ育った今治の街を拠点に活動する渡邉さん。キャリアのスタートは、結婚後にスクールで学んで始めたブライダルブーケの仕事でした。最初は友人のために制作することから始め、次第に依頼が舞い込むように。多いときは毎週50個ものブーケを手掛ける売れっ子となり、多忙な日々が20年近く続きました。
しかし40代半ばで大きな病気を患い、回復後も「手が動かず、それまでの自分とはまったく違う感覚」に。仕事はおろか、一日のほとんどの時間をベッドで過ごす日々が続きました。
以前のようにはいかなくても、何かをつくることに向き合いたい。そんな思いでこれからを模索していたときに興味を持ったのが、造形作品のコンクール。通っていたフラワーデザインスクールで造形作品のレッスンも受けていた渡邉さんは、応募を決心します。2011年の東日本大震災から間もない時期だったことから、「復興」を作品のテーマに据えました。

今治市の「朝倉ふるさと美術古墳館」の前で
「自分に何がつくれるか探るために、震災当時の映像と、応援していたフィギュアスケート選手によるアイスショーの映像を観続けました。繰り返し、100回以上は観たかな。アイスショーのテーマは、被災地に向けた復興の祈り。思い返すと、当時病気で何もできなかった自分も立ち上がりたくて、復興というテーマを無意識に選んでいたのかもしれません。
そんなあるとき、近くの海に散歩に出かけたら、どこからか声が聞こえたんです。『今までのように作品をつくればいい。怒りや悲しみ、楽しさ、すべての感情を出せばいい』と。そんな体験は初めてで、びっくりして(笑)。さらにその日の夜、ずっと映像で見ていたフィギュアスケート選手が夢に出てきたんですよ。彼が滑り終えたら、どこからかたくさんの羽根が舞い降りてくる不思議な夢。そこからインスピレーションを得て、初めての立体作品を完成させました」
夢からヒントを得た初の立体作品は、コンペで入賞。その体験が、立体造形作家への転身のきっかけとなりました。


初の立体作品「祈り〜White Legend〜」
SOLIDOとの出会い、素材から得るもの
渡邉さんは立体制作を始めた頃から、身近にある見過ごされがちな廃材に注目してきました。土の塊や落ちている石、浜辺の流木、割れたガラス、折れた枝。今治の山や海で出会ったそれらに不思議と目がいき、作品の素材として収集していたそう。質感に富む異素材を組み合わせ、テーマや色で調和させることが作品のコンセプトの一つにありました。

朝倉ふるさと美術古墳館で展示中の作品「天と地と〜Vortex〜」は、古代からの土、石、こよりを組み合わせた作品
縁あって数年前からケイミューのワークショップの講師を務めていた渡邉さんは2017年、初めてSOLIDOに出会います。最初に知ったのは「SOLIDO typeF coffee」。翌年に「SOLIDO typeM_FLAT」に触れ、素材としての可能性に魅了されたと振り返ります。
「工業製品なのにすべての表情が違い、自然のものに近い。一方で上質感と洗練された表情を持つ、唯一無二の素材だと直感しました。開発担当者の方の話を聞く機会もあり、着色せず製造工程で生まれた表情をそのまま生かすというコンセプトにも共感して。『SOLIDO typeF coffee』はコーヒーの豆かすを混ぜ込んでデザインに生かした製品なので、廃材を活用する点も私の感性に重なると感じました」
アーティストの視点で渡邉さんが感じるSOLIDOの魅力は、あらゆる素材に調和すること。石やガラス、錆びた金属。そしてSOLIDO自体が無機質になりすぎないからこそ「木や草花といった植物にもしっくりなじむんです」と話します。

初めてSOLIDOを使って制作した「AWAKE〜木花咲椰姫〜」は、ベースに「SOLIDO typeM_FLAT」を使用。イギリスと、第70代横綱の日馬富士関が母国モンゴルに設立した「新モンゴル日馬富士学園」で展示されました
SOLIDOを使った初の作品「AWAKE〜木花咲椰姫〜」は、2018年に愛媛を襲った西日本豪雨災害からの復興を願って制作されました。近くの神社を参拝した際、「何かをつくりなさい」とメッセージを受けたと感じた渡邉さん。その帰り道、豪雨災害で倒れてしまった桜の木に出会いました。折れた枝を持ち帰り、作品を構想。SOLIDOやアーティフィシャルフラワーと組み合わせて本作を制作しました。
「桜は日本人にとってふるさとのような存在だと思います。SOLIDOは硬質でクールな印象ですが、高温蒸気でセメントを硬化させることで生み出されるから、炎のエネルギーが宿っている。作品を通じてふるさとの復興、そして人々の魂の目覚めを祈りました」
松山市の「パナソニックショウルーム愛媛」のケイミューコーナーには、渡邉さんとコラボレーションしたディスプレイがあります。市街地にあることから「都会の中のオアシス」をテーマに、丸くカットしたSOLIDOとドライにした苔「フィンランドモス」、さらに今治の山で集めた枝を組み合わせました。植物になじむSOLIDOの特徴が生きています。

渡邉さんがディスプレイを担当した「パナソニックショウルーム愛媛」のケイミューのコーナー【2024年7月22日撮影/展示内容は予告なく変更する場合があります】

「SOLIDO typeF coffee」をベースに「SOLIDO typeM_FLAT」を丸くカットして組み合わせ。コケや木の枝といった自然素材との対比が楽しめます【2024年7月22日撮影/展示内容は予告なく変更する場合があります】
ショーウィンドーには、室内のディスプレイとも共鳴するよう廃棄されるはずだったアイアンでイスを制作し、屋外の雰囲気を演出しています。「植物はもちろん、ブロックや錆びた鉄とも調和するSOLIDOの魅力を引き出すことを目指しました」と渡邉さん。ユニークなリースは、SOLIDOの破片と植物を組み合わせて制作したもの。廃材にも魅力を見出し、作品へと昇華させる渡邉さんの感性が表れています。

ショーウィンドーには「SOLIDO typeM_LAP」と植物、アイアンを組み合わせてディスプレイ【2024年7月22日撮影/展示内容は予告なく変更する場合があります】
祈りを込めた作品を生み出す
作品からも伝わるように、渡邉さんの創作の原点には「祈り」があります。日本だけでなく世界中で起こる戦争や自然災害、人々の痛みに心を寄せ、復興や平和を祈る想いが作品の土台です。
2020年、栃木の日光東照宮が恒久平和を願って敷地内に掲げたのぼり旗に、全国から50点のデザインを選定しました。そこに起用されたのが渡邉さんの立体作品「ヒロシマ」の撮影写真です。

2020年の立体作品「ヒロシマ」。墨で塗った新聞紙によるツルと蓮の葉を中心に、モノトーンの世界を表現【写真提供:渡邉篤子】
「日光東照宮から依頼をいただき、戦後75年の節目であったことから、戦争のない世界を願う作品を構想しました。私の父は広島に原爆が落ちた日、ここ今治からあの雲を見たことを今も覚えていると話します。私も小学生のときに連れられて行った原爆ドームと原爆資料館で受けた衝撃は、今でも忘れられない。同じように、観た人の心に残る作品をつくりたいと思いました」
「ヒロシマ」のアイデアを得たのは、前述の「空〜くう〜」制作中のこと。こよりをつくっている最中にイメージが湧き上がり、2作品を並行して制作を始めたと振り返ります。
墨汁で塗りつぶした新聞紙でツルを折り、かたわらには同じ新聞紙で蓮の葉も制作。それらをSOLIDOと和紙に囲まれたモノトーンの世界に配置した作品からは、静かな、しかし強い祈りの心が伝わってくるようです。

日光東照宮に奉納されたのぼり旗【写真提供:渡邉篤子】
「平和主義者のピカソが描いたモノクロの作品『ゲルニカ』からもインスピレーションをもらいました。パリで『ゲルニカ』の原画を観て衝撃を受けてから、反戦をテーマにした作品をいつかつくりたいという想いが胸にずっとありました。平和というテーマを日光東照宮からいただいたとき、つくるなら今しかないなと。体力的にも、これだけの大型作品をつくれるのは最後のチャンスかもしれないですから」
黒はすべてを内包する色であり、墨には浄化作用があると話す渡邉さん。新聞紙はコロナ禍のニュースを伝えるものを選び、言葉をあえて塗りつぶすことでコロナの終息も祈りました。集中して制作に取り組み、わずか3日間で完成。それはおりしも8月6日の原爆記念日であり、作品を前に黙祷を捧げたといいます。
同じく2020年に制作した「悼む人」は、日光東照宮などに渡邉さんの作品を推薦してくれた恩人であるイタリアの美術家、故ダニエーレ・サッソン氏を追悼する作品です。
「いつかまたどこか違う世界で会えますように」とメッセージを書いたこよりと輪廻転生をイメージした勾玉、そして SOLIDO を組み合わせ、額装家の多喜博子さんに依頼して、棺をイメージした「あの世とこの世をつなぐ」額装に仕上げました。「サッソン教授への想いを込めつつ、災害や戦争で亡くなった多くの魂や、大切な人を亡くした方のことを想って制作しました」と渡邉さんは話します。

「悼む人」

質感が対照的な「SOLIDO typeF coffee 」と大洲和紙のコントラスト
SOLIDOの他にも新しい素材を使うことや、音と組み合わせたインスタレーションなども構想しているそう。これからも五感を研ぎ澄ませ、「見に来てくれる方に、喜びや感動を与える作品をつくっていきたい」と話してくれました。
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