
-
家づくりの知識
設計者自らが案内する心地よい平屋づくりのポイント
- #家づくり
- #平屋 デザイン
- #平屋
SHARE
滋賀県甲賀市にある「丘上の平屋」は、東西36.4mの切妻屋根に覆われ、大きな屋根のもと3つの棟に分かれた平屋です。この横長の個性的な平屋を、設計を手がけた濱田猛さんにご案内いただきました。住まい手の声と合わせて、心地よい平屋をつくるポイントを探ってみましょう。
桜の木が残る丘に、二世帯住宅+ゲストハウスを建てる

滋賀県甲賀市。古い住宅地を車で走らせていると、小高い丘に張り付くような黒いシルエットの平屋が見えてきます。横長のその端正な姿は、美術館や公共建築を思わせる品格のある佇まいで、ケイミューデザインアワード2022最優秀賞「竹原賞」をはじめ、3つもの賞を獲得したことにもうなずけます。
この「丘上の平屋」には、Kさんご夫妻と娘さんご夫妻の4人が住んでいます。親世帯と子世帯はそれぞれ別の棟に分かれて暮らし、さらにゲスト用の棟も含めた3つの棟が全長36.4mの大屋根の下に並んでいます。それぞれ3つの棟は、大屋根の下のウッドデッキを介して行き来できるプランです。
Kさんは、長らく住んできたご自宅の経年による劣化が気になってきたのをきっかけに、ちょうど自宅を見下ろせるこの丘を買い取り、敷地を造成して新しい住まいを建てました。敷地は広く、およそ600坪(約2000㎡)。以前は 造園業者が植物のストックを育てる畑として使われていたそうで、購入した当時は木々が鬱蒼と茂っていたといいます。そこで見事な大木に育っていた桜を残し、他の樹木を伐採して起伏をならし建物を配しました。

以前は植木のストック畑だったという丘の敷地を買い取り、木々を伐採して車路を整備。建物北面には窓がないためか、美術館のような雰囲気が漂う
30m以上もある横長の平屋が生まれた理由とは

なぜ、このような横長の平屋が生まれたのでしょうか。設計を手がけた濱田猛さんは「この丘の南側からは、甲賀市内を一望できるんです。この何にも変え難いロケーションを最大限に生かそうと考えたのは自然な流れでした。南側の眺望を確保するため、北側に車路や駐車スペースをまとめ、一番眺めの良い丘の中央に線を一本引くような感覚で平面プランを計画しました。そうすることで、すべての部屋を南向きに開放し、よい眺望を得ることができるようになったんです」と説明します。一方、施主であるKさんも地域のシンボル的な存在となり人の印象に残るような建物を望んでいたそうで、Kさんの要望と敷地条件がうまく重なり、濱田さんが思い描いていた横長のプロポーションをもつ平屋を実現できることになったといいます。

甲賀市内を見下ろせるという眺望の良さは、大きな開口部のおかげで室内からでも味わえる。南側は一面ガラス張りだが、近隣住宅からの視線は気にならないので、カーテンなども付けずに済んでいる

窓がない北側の外観と比べ、右側親世帯は全面ガラス張りにするなど、一転して開放的な南面。「長い軒先のうねりのないシャープな直線は、大工さんの苦労があってこそ実現できました」(濱田さん)
家族それぞれが暮らす3棟を大きな屋根とデッキで包む

36.4mの大屋根は、二世帯が仲良く暮らす「ひとつ屋根の下」という濱田さんの設計コンセプトをそのまま具現化するものでした。親世帯と子世帯がそれぞれのペースで暮らせるよう一定の距離感を保てる別棟としつつも、一緒に暮らしていることの安心感を3棟を包むひとつの大きな屋根が象徴しています。
軒がとても深いのも特徴で、外観に彫りの深さを与え、単に“和風な平屋”にとどまらないシャープな印象を添えています。南北の長手方向では1.5m、両端の妻側では1.8mの深さがあり、ウッドデッキもほぼ同じ奥行寸法で建物の周囲を取り囲んでいます。「親世帯の棟でみんなで一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、娘さんご夫妻はいったん外に出てから自分たちの離れに戻って眠る。昔はそんな家がけっこうありました。不便さもありますが、自然とのつながりを体で感じることができ、空調設備の整った今の時代には逆に贅沢な体験になるのではないでしょうか」(濱田さん)
ウッドデッキは、普段づかいの利便性はもちろん、地域コミュニケーションのためのしつらえとしても活躍しているといいます。「春は、敷地内に元々生えていた桜の巨木でお花見が楽しめますし、夏には花火がよく見え、四季折々に近所の人たちが大勢集まって、デッキで賑やかに過ごしています」。Kさんにとって、ゲストを招いてデッキで過ごす時間ができたことが、この家と場所がもたらしてくれた大きな楽しみになっています。

親世帯から花見舞台や子世帯が見え、お互いの気配を感じ合うことができる
「軒下」「縁側」「間戸」。日本家屋の昔ながらの要素で構成する

濱田さんは、平屋を構成するデザインとして「軒下」「縁側」「間戸」という、日本古来の住宅で用いられてきた3つの要素を取り入れました。その理由は、地域性を意識したことにあります。「甲賀は江戸時代に城下町として栄えた歴史があります。この敷地が、200年前に建立された大池寺というお寺の境内に接していることもあり、由緒ある土地柄を建築にも反映させたいなと」と濱田さん。
「間戸」というのは見慣れない言葉かもしれません。壁をくり抜いてつくる西欧建築の窓と違い、日本の木造建築では柱と柱の「間」と呼び、壁にしたり、戸をしつらえたりしてきました。日本の木造建築がソトとウチの境界があまりないと言われるのもそのためで、「間戸」には日本の木造建築の構造上の特徴が現れています。それを現代の暮らしにフィットするように、ここでは親世帯の南面の柱と柱の間をほぼガラス張りとしFIXガラスが連続するかのように見せながら、ところどころに1間幅の引き戸を設けて通風や出入りを可能にしました。

FIXガラスと引き戸を、見分けがつかないように連続させた南側の開口部を背景に、縁側で話し込む濱田さんとKさんのご長男。ご長男は濱田さんのビジネスパートナーで建築への理解が深く、この個性的な家づくりをリードした
平屋最大のメリットは、間取りの自由さ

「上下階の関係性で間取りに制約が出る2階建てや3階建てと違い、平屋の場合は間取り(平面プラン)の自由度が高いのがメリットです」と濱田さん。K邸では敷地の広さを生かして個性的なプランニングを行いました。二世帯を完全に分離しつつ、共有する親世帯のキッチンやダイニングを子世帯側に配置。花見舞台をともに囲む緩やかな一体感をもたせました。視線の先にお互いの様子を確認しあえるのが地続きである平屋のよさと言えます。
床がフラットな平屋は住みやすさの点で言うことはないものの、空間が単調になりがち。そこで濱田さんは、メリハリの効いた空間構成を意識したそうです。親世帯では、個室や水回りも東西方向に並べたことから、長い廊下が生まれています。視線が長く伸びて広さを実感できるとともに、大きく広がりのある場所から幅の狭い場所へのシーン展開がドラマチックで、豊かな空間体験をもたらしています。


①子世帯は、ホテルライクな寝室+洗面・トイレのシンプルな構成。他の2棟より2m以上棟の配置を後退させることで奥行の深いウッドデッキとし「花見舞台」として利用している

左/②直線距離を実感できる廊下が多様な眺めを生み、空間体験を豊かにしてくれる
中央/③夫妻それぞれの寝室を南面する廊下沿いに配置。廊下越しに2枚のガラス面を通して眺望や開放感を得るとともに、廊下を緩衝帯として外部から距離を取ることでプライバシーを守り、安心感をもたらした
右/④寝室と水回りの間に中庭を挟むことで、北側に窓がなくても風が通るようにした
屋根の高さや形状が自由だから、豊かな空間が生まれる

黒を基調とした和モダンな外観から一転して、室内は自然光が回る明るい白と温もりのある木をベースにした内装で、重厚感のある外観とのギャップが印象的です。そんな室内をより開放的な雰囲気にしてくれるのが天井の高さと登り梁。天井の高さや形状の制限がなく、自由に設定できるのも2階のない平屋のメリットです。
「屋根の形が見えると空間の裏表が薄れ、安心感を与えてくれる気がするんです。K邸では登り梁を半間間隔に配することで、空間がリズミカルに連続する印象を与えるように工夫しました。また登り梁の頂部は、樹脂系の特殊な接着剤で結合されているので、棟木が必要ありません。この構造のおかげで室内の柱も不要になり、より自由な間取りが可能になったんです」
屋根形状の自由さからくる豊かな室内空間とともに、地面と近いことから出入りが簡単で、気軽に庭とつながれるのも平屋ならではの特権といえます。この家では丘という敷地の性質上、地面から浮かぶデッキと眺望を主役にしていますが、平地でより地面に近い設計にすれば、さらに庭に親しみやすい暮らしが可能になるでしょう。
広く豊かな軒下空間で、雨垂れも風情ある眺めに

たくさんの軒下空間を楽しめることも、平屋ならではの魅力でしょう。とくに横長のK邸には深い軒を持つウッドデッキが生活の一部として溶け込んでいます。春はお花見、夏は花火大会を鑑賞するなど、楽しいイベントごとはもちろん、日常的に夕涼みをしたりビールを飲んでみたり、愛犬と戯れたりと、部屋の延長の居場所として活用されています。
軒先のラインが実にシャープに見えるのは、いっさい雨樋が付けられていないから。軒先を薄く美しく見せたいという濱田さんの設計の意図を、Kさんが受け入れたことで実現できました。また、屋根をリズム良く叩く雨の音が直に聞こえたり、雨垂れを眺めて楽しめるのも平屋ならではでしょう。K邸の場合、軒の出が深く雨水の跳ね返りの影響が少ないことや、敷地が広く雨水を逃しやすいことなど、条件が揃ったことで可能になりました。

桜の巨木に近い場所に設けた「花見舞台」は、子世帯の配置を少し後退させてウッドデッキの広さと落ち着きを確保。ウッドデッキには水に強い屋久杉を採用。広々した半戸外空間で過ごすひとときは、日常にリラクゼーションをもたらしてくれる
和モダンな雰囲気をつくり出すSOLIDOと杉板の組み合わせ

濱田さんが外壁にSOLIDOを選んだ理由は、建築の持つ和モダンの雰囲気に似合うからといいます。「工業製品なのに自然素材のような表情の多様さがあり、切妻屋根や木の素材感にSOLIDOはぴったりだと思いました」。鉄黒を採用したことで、外観に引き締まった印象や重厚感が備わっています。
メンテナンスに手間がかからないこともSOLIDOの魅力だという濱田さん。「自然素材にはメンテナンスがつきものですが、手間がほとんどかからないSOLIDOは、その点で施主さんにも勧めやすいですね。その一方で、条件によって表面の白華が少しずつ変化したりと、自然素材に近い特徴も合わせもつのも面白い。“ザ・工業製品”という見え方がしないのもいいんです。鎧張りにすることで、陰影と彫りの深さを出しているところも魅力ですね」。建物の北側は一面SOLIDOの仕上げ。工業製品でありながら経年で変化していく奥深さがあります。
住まい手が語る、平屋の心地よさとは

濱田さんとデッキで立ち話をするKさんと娘さんに住み心地について伺ってみました。「建物がほぼ南向きなので、冬は部屋の奥深くまで日が入って暖かく、夏は軒が日陰をつくってくれて、風通しのいいデッキは気持ちがいいんです」とKさん。
特に気に入っているのは、桜の花吹雪を独り占めしてのティータイム。リビングの大開口から、夏は花火、秋は紅葉、冬は雪化粧をした鈴鹿山脈も楽しめるそう。「季節それぞれのよさがあって、友達もたくさん遊びに来てくれるのが嬉しいですね」。ゲストルームには海外からも友人が泊まりに来て、京都観光の拠点にしているそう。この家ができてからゲストが増えて、いっそう張りのある日々を送れるようになったのは、70代のKさんにとって大きな変化です。
「大きな窓から朝日や夕日、月や星も楽しめます。365日変化する景色を、部屋やデッキでくつろぎながら眺められるのが最高のぜいたく。素晴らしい設計に感謝しています」と濱田さんに語る娘さん。
恵まれたロケーションを背景に誕生したKさんの家。間取りの自由さや軒下の豊かさといった平屋ならではのメリットを存分に活かした、心地のよい住まいでした。
建築データ


主要用途 | 専用住宅 |
---|---|
建設地 | 滋賀県甲賀市 |
主構造形式 | 木造在来工法 |
敷地面積 | 2000㎡ |
建築面積 | 226.24㎡ |
延床面積 | 150.38㎡ |
工事期間 | 2020年8月~2021年8月 |