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【設計者の自邸を訪ねる #2】キャットタワーをテーマに。北鎌倉の自然に溶け込む猫と2人の住まい

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建築のプロフェッショナルが暮らす住まいは、どのような空間なのでしょうか。豊かな経験と知識をベースに思い描くイメージを形にし、時に実験的な試みも取り入れた設計者の自邸には、私たちが参考にできるヒントが隠れているかもしれません。今回訪ねたのは、古刹の風情漂う北鎌倉に立つ、建築家の山之内 淡さんが暮らす住まい。「施主は猫」をテーマに、住まい全体をキャットタワーに見立てた遊び心と心地よさを感じる空間です。

猫を施主に見立てた「キャットタワーの家」

紫陽花の見頃を迎えた北鎌倉。歴史ある古刹と深い緑、川の水音に心を癒されながら坂道を登ると、山並みを背景に静かな住宅地が広がっています。奥まった一角に立つのが、建築家の山之内 淡さんが妻と3匹の愛猫と暮らすアトリエ兼住まい。錆茶色の外壁を背景に、木々や草花が風に揺れていました。

緑に包まれた落ち着いた住宅地に立つモダンな佇まい

昔ながらの鎌倉の景色が残るこのエリアに引かれ、都内の賃貸住宅に暮らしながら土地を探していた山之内さん。代々暮らす人が多いことからなかなか売土地が出ない地域ですが、約2年半をかけてこの土地に巡り合いました。

扉を開けた先に広がるのは、トップライトから光が注ぐ吹き抜けのリビングと、それをぐるりとらせん状に囲むゆったりとした階段。吹き抜けを中心に2階までおおらかにつながる気持ちのいい空間で、猫たちがのんびりとくつろいでいました。

「この家の施主(オーナー)は猫なんです」と話す山之内さん。自然界のあらゆるものに命が宿るとする「八百万(やおよろず)の神」の考え方を大切にする山之内さんは自宅を設計する際、「人間以外の存在をベースに建築を作りたい」と考えました。そこで、「一緒に暮らす愛猫たちを施主に見立てた住まい」をコンセプトに計画をスタートしたのです。

愛猫のアアルト。名前の由来はフィンランドの建築家、アルヴァ・アアルトから

猫たちの"要望"は3つ。1つ目は、その日その時間の好みの温度帯を選べること。2つ目は、つかず離れずの距離感で家族と同じ空間にいられること。そして3つ目は、季節に合わせて移動できるお気に入りの場所を複数持てること。もちろん猫たちが実際に言葉で伝えたわけではありません。けれど長年一緒に暮らす中で彼らの生態や性格を知り尽くした山之内さんだからこそ、こうした具体的な"要望"をイメージして設計の手がかりとしたのです。これら3つの条件から導いたのが、「家全体を1つの大きなキャットタワーとして設計すること」でした。

吹き抜けのリビングのまわりに階段をぐるりと巡らせたスキップフロアの間取り。トップライトからの光によって、自然と視線が上に向かいます

「大きなキャットタワーのような階段を中心に、全体をスキップフロアとして設計しました。そうすることで、猫が気分や体調に合わせて快適な温度帯を選びやすくなります」と山之内さん。確かに猫といえば夏は風が抜ける場所、冬は日当たりの良い場所と、その時その時に快適な場所を上手に選んで過ごしている印象があります。この住まいは2階建ての中を23種類の床の高さに分けて設計し、肌で繊細に温度を感じとる猫たちの居場所を豊富に用意しているのです。

左/山之内さんの蔵書に合わせて高さを決めた壁の書棚
右/キッチンから見上げた南東側。右奥はあえて階段を折り返して、窓から外を眺める縁側のようなスペースをデザイン

南東側と北東側の壁一面には、写真集や建築雑誌、古い漫画など、紙でしか入手できない蔵書を収める本棚を作りました。「人間にとっては階段状の書庫であり、猫たちにとっては十分な大きさのベッドにもなる空間です」。吹き抜けのリビングを囲んで1階にキッチンとダイニング、バスルームと洗面室、玄関から直接アクセスできるアトリエをレイアウト。2階に、寝室とゲストが泊まれる客室を設計しました。

配置図・1階平面図(左)と2階平面図(中)。1階の玄関からつながるアトリエが山之内さんの仕事場。アトリエと浴室・洗面所は2階部分がなく、上から見ると高さの違う二つのL字型のボリュームを組み合わせたような形

猫の気持ちを手がかりに、人にとっての心地よさを考える

階段のサイズも、猫たちの過ごしやすさを考えて設計しています。基本サイズを幅900o、一段の奥行き1000oと広くとることで猫が寝そべりやすくすると同時に、人が腰掛けて本を読んだり猫と遊んだりしやすいスペースに。一段あたりの高さを180oにしたのも、愛猫たちが体を階段にこすりつけてころんと寝転びやすいよう、体型に合わせてサイズを導いたためなのだそう。

猫たちの体型に合わせて階段の高さを設計

1段の奥行きを広く取ることで猫がくつろいだり、人が腰掛けたりしやすい場所に

視線が抜ける階段を住まいの中心とすることで、猫と人間がつかず離れずの距離感を保つことも叶えました。「猫によって性格の差はありますが、家族と少し距離をとったり時には隠れたりしながら、でも同じ空間にいる感覚をもたらすことを大切にしました」と山之内さん。夫妻がキッチンやダイニングで過ごしていても、階段や踊り場にいる猫と互いの姿や気配を感じられます。3匹と2人が思い思いの場所で過ごしながらゆるやかに存在を感じられる空間は、猫にとっても人にとっても心地よいものに。

階段のコーナーごとに広い踊り場や部屋を作ったのも、猫の性質を考えてのこと。山之内さんいわく、猫たちは季節ごとにそれぞれお気に入りの場所を見つけて過ごし、季節が変わるたびに家の中で「引っ越し」をするのだそう。例えば南西側の窓辺は一段だけ高さを上げて猫が外を眺めるための居場所としつつ、人も縁側のように座ってくつろげる場所にしつらえています。

左/2階の客室前にも広い空間を。左手に進むと寝室で、これらの個室は来客時に猫たちが隠れる場所にもなっているそう
右/窓辺のスペースは人も腰掛けたくなる場所に。ステンレスの手すりは鎌倉の山並みから着想を得て山之内さんがデザインし、職人に製作を依頼したもの

猫の心地良さを中心に考えながら、人にとっても心地良い。それがこの住まいの魅力です。ダイニングや寝室などのいわゆる「部屋」は最小限ですが、空間のあちらこちらに気分を変えて過ごせる居場所があります。「人間がキャットタワーに入ったらこんな感じかなと思います」と笑う山之内さんの言葉通り、人にとっても楽しさがある住まいです。

「建築は本来、人間のために作るものです。建築の法律も寸法も、人の体を基準に作られている。それを前提にしながら"猫にとっての快適さ"からスタートし、人の快適さと重なる部分を求めてみようと思いました。それが結果的に人間にとっても豊かな空間になるし、建築としても面白くなるのではないかなと」

さまざまな高さの場所があることで人も気分に合った場所で過ごしたり、猫と同じ目線で遊んだり

そうして生まれたこの住まいは、山之内さん夫妻にも自由に暮らす楽しさを教えてくれたといいます。

「人間が家を作る場合、ここは食事をするためのダイニング、ここは眠るための寝室といったように"暮らし方"から考えます。でも猫にとって部屋の名前はどうでもよくて、その場所での"過ごし方"が重要なのです。そうした柔らかい自由な考え方で作った家だから、僕たちも階段で仕事をしたりお茶を飲んだり、どこで何をしてもいい感覚があります」

左/階段の下にあるキッチンは天井が低く、集中して料理ができる場所。アメリカの家具ブランド・EMECOのアルミニウムのスツールは形もユニーク
右/キッチンの隣のダイニングは床の高さを切り替え、壁で囲むことで落ち着ける場所に。猫たちの食事や水もここに用意。左のドアの奥が洗面室と浴室

構造と窓がもたらす面積以上の広がり

この住まいの建築面積は63.94u(約19.3坪)。建ぺい率が最大40%、容積率が最大80%と比較的厳しい制限があるためですが室内には伸びやかな空気があり、コンパクトさを感じません。理由の一つが、木造でありながら大きな柱や梁をできるだけ減らしている点。それを叶えたのが階段の構造です。部材同士が支え合う「レシプロカル構造」を採用することで、階段が構造体の役割を果たしているのです。「キャットタワーのコンセプトと構造を一体に表現したいと考えました。鎌倉には木造の寺社仏閣が多いので、伝統工法の組木とも親和性を持たせています」。

キッチンやダイニングは階段を見上げる位置にありますが、力強い木材を組んで構成した階段は下から見ても美しく、フローリングや窓の外の緑とも美しく調和するインテリアの主役になっています。

モダンな空間に力強さや温もりを添える堅牢な階段。こちらを眺める猫のミースはドイツの建築家、ミース・ファン・デル・ローエが名前の由来

空間を広く感じるもう一つの理由が、窓の配置。階段に沿って随所に窓を設けることでどこにいても視線が抜け、大きな窓がなくても開放感を感じます。「猫は斜めにジャンプするので、斜めに抜け感がある空間をイメージしました。階段も斜めに上がっていくので、その方向に沿って視線が動くように窓を配置しています」。

室内飼いの猫たちにとって、家の中は世界そのもの。それゆえ「家の中と窓の外の世界を、異世界のように分けたいと考えました」と山之内さん。確かに、住まいの中にいると見慣れたはずの外の風景が印象的に切り取られます。その感覚を生んでいるのが、サイズや高さをあえて不規則にした窓の配置。例えばキッチンは一つの大きな窓ではなくあえて二つの窓に分割することで、映画のフィルムのコマ送りを見ているかのような感覚をもたらします。

キッチンには形の違う窓を二つ並べてデザイン

室内のデザインも、独特の世界観を表現。マットなグレージュで塗装した壁と天井には光によって豊かな影のグラデーションが生まれ、土に囲まれたような感覚に。西側の壁には猫が伸びをしている形をモチーフにした大胆なカーブを取り入れ、鎌倉の山並みをイメージした階段の手すりと相まって心躍る空間に仕上げています。上部をカーブさせたデザインのドアや洗面室のミラーも、異世界へいざなうかのよう。縦横の方向性を感じさせないようヘリンボーン貼りにしたフローリング、ムラのある左官材仕上げのキッチンカウンター、レザーやアルミニウムの家具など異素材を組み合わせることで、遊び心がありながら落ち着きのあるインテリアとなりました。色の選択は、それぞれの猫の身体や目の色からヒントを得ています。

猫がのびをしているシルエットをイメージして、天井と壁を有機的な曲線でつないだ形がアクセントに。陰影も印象的

左/2階の寝室への入り口。上部を曲線にしたドアが世界を切り替える合図のよう
右/洗面室のミラーも曲線を使ったアクセントになるデザイン。造作洗面カウンターのシルバーが引き締め役に

鎌倉の歴史と自然に溶け込む外観デザイン

室内空間と同時並行で考えたのが、緑豊かな鎌倉の環境に溶け込む外観のデザイン。間取りを見ると分かるようにアトリエと水回りがあるゾーンは1階部分のみ、リビングや寝室があるゾーンは1階と2階で構成され、これら高さが違う二つのL型のボリュームを組み合わせた形を、外観にそのまま表しています。

「この地域は景観条例が厳しく、基本的に切り妻屋根が条件です。デザインの方向性と合わせるために、高さと傾斜方向が違う二つの片流れ屋根を組み合わせることで条例の基準をクリアしました。シンプルでありながら、背後の山並みになじむデザインを目指しています」

二方向の片流れ屋根を組み合わせることで、シンプルながら存在感のある外観に

不規則な窓の配置は、外観でも印象的な役割を果たしています。窓辺で猫が過ごすかわいらしい様子も外観デザインの一部となるように考えて、室内と外観の両方の視点から窓の位置をデザインしたのだそう。

敷地の20%以上を緑化するよう条例で定められていることも踏まえ、緑に包まれる住まいをイメージ。商業施設や住宅の外構を多数手掛ける「SOLSO」と植栽設計を協働し、シルバーティーツリーやスモークツリーなどシルバーカラーをテーマに約80種の植物を植えてアプローチを彩りました。北鎌倉で自生する植物はあえて減らし、風景の中で存在感を際立たせています。緑とコントラストを描く明るい色合いの砂利は、オレンジ、イエロー、ホワイトの3色をミックス。「帰宅する時の足音で猫が気づいて、出迎えてくれるんです」。

外壁はシルバーを基調とした植物の背景として似合うこと、周辺環境との調和を考えて「SOLIDO typeM_LAP」の錆茶(さびちゃ)カラーを選びました。SOLIDOは原料であるセメント本来の質感を生かした外壁材で、生成時に表面に現れる白いムラをあえてそのまま生かした点が特徴です。

左・右/ピンクの花をつけるスモークツリーやシルバーティーツリー、夏に白い花をつけるスノーインサマーなど多様な形、質感の植物を植えたアプローチ。マットな錆茶カラーの外壁と美しく調和しています

「何年も経ったかのようなムラのある表情が、SOLIDOを選んだ一番の理由です。歴史ある建築が多く、古くから住まわれている住宅も多いこの地域で、ピカピカの真新しい雰囲気の建物は避けたかった。時間を経たかのような表情が、地域の風景に自然となじみます。設計時に写真でシミュレーションして、シルバーリーフの植物には錆茶カラーが合うと感じました」

この地域は景観条例が厳しく、外壁に光沢のある素材や彩度が高い色は使うことができません。限られた選択肢の中で山之内さんのイメージにぴったりと合ったSOLIDOを、設計当初からデザインに採用。二つのL字型のボリュームを組み合わせた建物はエッジ部分が多いため、コーナーを直線で美しく施工できる材質もポイントになりました。

左/エッジ部分を端正なラインに。影がきれいに出る下見板貼りで施工
右/玄関の扉も曲線を使ってデザイン。経年変化で味わい深い色に変化した木の色に、シャープな表情が対照的な無垢ステンレスの庇を合わせて

「SOLIDOは外壁材でありながら、インテリアの素材を思わせる風合いがあります。土に近いマットな質感は室内の壁とも親和性がありますね」と山之内さん。個性的な質感とカラーは、室内の壁や床、家具に使った豊かな素材の延長線上にあるかのよう。ドアを開けて広がる異世界のような空間へのイントロとなる、美しい外観を生んでいます。

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