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【料理家のキッチン#1】「作る」「食べる」「片付ける」が一体になった、新しい料理の場「ミングル」

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スープ作家として活躍する有賀薫さん。毎日の暮らしがラクになるスープのレシピを発信する一方で、これからの時代のキッチンのあり方を考えるため、新しい料理の場「ミングル」を作りました。「ミングル」とは一体どんなものなのか、作るまでの経緯とその後の暮らしの変化についてお話しを伺いました。

毎朝、スープをつくるきっかけになったのは、
息子さんを起こすため

2012年から10年間、毎朝のスープづくりをSNSで発信してきたスープ作家の有賀薫さん。有賀さんがスープをつくるきっかけになったのが、朝なかなか起きてこない息子さんに、起きる習慣をつけてもらうためだったといいます。「『おいしいスープができたよ』と、声をかけたらむくっと起きてきたのには驚きました(笑)。最初はそんな動機でスタートしたのですが、毎日写真を撮って、SNSにアップしていたら周りに興味をもってくれる人がいて。1年経った頃にスープの写真と絵をあわせた個展を開いたんです。観てくれたお客さんが『美味しそう』『食べてみたい』『こういうスープなら作ったことある』『これならわたしも作れそう』など、いろんな感想が返ってきて。みんなで共有できる料理としての身近さがいいなとあらためて思いました」。そこから、自ら出版社をまわって最初のレシピ本を発表し、スープ作家としての新しい生活スタートさせました。

キッチン背面にある収納棚には、有賀さんが描いた絵が飾られる。「たまっていく鍋類は、ブックエンドの代わりに使ってます(笑)」と有賀さん

スープを通して、簡単でも美味しい料理が
できることを伝えていきたい

現在では、スープに関する著書の累計部数が25万部を突破し、NHK『きょうの料理』をはじめ、テレビ・ラジオ・雑誌・SNSなどで目にしない日はないというほど精力的に活動している有賀さん。「どうしてこんなにスープが受けたんだろうとあらためて考えると、みんなどこか疲れていて、癒されたい、元気になりたいからなのかなって思ったんです」。男女ともに忙しく働くいまの時代は、家族が時間差で食事をすることも多い。でもスープなら何度でも温め直せるし、ひとり暮らしの人でも大鍋にたっぷり作って味を整えていったら数日間は楽しめる。スープジャーに入れれば、立派なお弁当にも。「コンロひとつ、お鍋ひとつで作れる手軽さもスープの良さですよね。そうしてスープを通じて、『料理って大変』と思っている人に、そんなことないよ、簡単でも美味しい料理はできるんだよって伝えるのが、私の仕事かもしれないと思うようになりました」

今回つくっていただいた「にんじんのポタージュ」は、まずにんじんを蒸し煮にし、甘さを引き出すのがポイント

キッチンの「かたち」から意識を変える
新しいライフスタイルの提案

スープを通じて「毎日のごはんを楽しく簡単に」作ることを伝えてきた有賀さん。でも活動を続けるうちに、レシピだけでは、なかなか人の意識は変わらないと実感します。そこで、「たとえば電子レンジが料理をラクにしたように、キッチンの『かたち』から見直してみたらどうだろうと思うようになりました」。20年以上前、新築で購入した有賀さんのマンションにも、壁付けのごく一般的なシステムキッチンが付いていました。便利で不満がたくさんあったわけではないものの、奥まったスペースにあり、たまに参加する家族にとっては、どこに何があるか取り扱い方がわかりにくく、結果として、家族にとっても踏み込んではいけない場所になっていたのではないか。そこで有賀さんは発想を転換して「家族が入りにくいなら、家族のいる場所にキッチンが出ていったらどうだろう」と、リビングに料理のできる場所を作るというアイデアを思いつきます。有賀さんが当初イメージしていたのはアイランドキッチン。「でも既存のものは大きいし、私にはゴージャスすぎました」。あれこれ検討するなかでご主人との会話で出てきたのは、火を囲んでみんながわいわいと料理に参加する「キャンプ」。同時に有賀さんは、家族が集まる部屋のストーブに鍋がかかってコトコトとスープが煮えている光景を思い浮かべていたといいます。

テーブルの真ん中に埋め込まれたIHは、鍋を囲むイメージから生まれた

「料理」「食事」「片付け」の機能が一体になった
95cm四方のコンパクトなテーブル

そんな「キャンプのようなキッチン」という漠然としたアイデアを具体的な形にするために有賀さんが向かったのは、住まいとインテリアについての情報が集まるだけでなく、住まいづくりやリフォームの専門家に無料で相談ができるリビングデザインセンターOZONE。そこで担当者に『こんなことがしたいんです』と伝えたところ、2軒の施工会社を紹介してくれました」。1社はリフォーム会社で、もう1社は設計事務所。それぞれの担当者に自分たちのやりたいコンセプトを伝え、見積りとプランニングを依頼。プランを検討するなかで最終的にパートナーとして選んだのは、工務店の仕事も兼務する設計事務所。担当してくれた30代の男性設計士が、「これは単なるリフォームというよりも、プロダクト的なものですね」と有賀さんご夫婦の意図を理解し、新しいキッチンのあり方を一緒に考えてくれたのが決め手になったといいます。

設計事務所から提案されたキッチンの断面図(左)と平面図(右)。ダイニングテーブルを兼ねたコンパクトなキッチンで、IHコンロと水栓とシンク、食洗機が備わる

こうして出来上がったのが、上下水道とIHコンロ、食器洗浄機が組み込まれ、料理と食事と片付けの機能がオールインワンになった95×95cmの四角いテーブルです。「もとのキッチンも残してありますが、仕事以外のふだんの料理は基本的にここだけで完結できるようになっています」。実際に使ってみると「思った以上に快適だった」という有賀さん。「テーブルを布巾で拭くときも腕を伸ばせば手が届くコンパクトさ。立っても座っても使いやすい高さで料理をしていても疲れにくい。何より、IHコンロを埋め込み式にしてフラットになったので調理スペースが広々と使えるようになって料理がラクになりました」。他にも、料理を盛り付ける器の収納場所が近くなり、銘々皿やカトラリーも食卓の近くに置くことで家族と食事の支度を分担できるようになった。さらに、食洗機をテーブルのすぐ下に入れたことで、「食べる」「洗う」「片付ける」までの一連の作業を、ほとんど移動せずに行えるように。おかげで、料理にまつわる動線がシンプルかつコンパクトになり、毎日の家事が本当にラクになったといいます。

有賀さん宅のキッチンリフォームのビフォー(左)とアフター(右)。右奥に見えるのが、もともとのシステムキッチン。半クローズドの壁を取り払い、器や鍋類の収納スペースが増えているのがわかる

「ミングル」。それは、誰もが気軽に参加でき、
料理をシェアできること

有賀さんは、このリビングに作ったキッチンを「ミングル」と呼んでいます。「『ミングル』は、リフォームを担当した30代の若い設計士さんが見つけてきてくれた言葉なんです。もともと『混ぜる、一緒にする』という意味の英語で、シェアハウスを指す言葉としても使われているようです」。家事をシェアする、誰もが気軽に参加できる、ぐるぐる回って使う。これまで考えてきた、新しい料理の場のコンセプトにぴったりだと有賀さんは直感して、愛称としてこう呼ぶことに決めました。実際に「私が『ミングル』で料理を始めると、夫は何となく気配で察して食器を出してくれるようになりました。全く見えていない場所からいつの間にか料理が出て来ていた頃とは、明らかに意識が変わっているなと思います」

左上/有賀さんが考案した、95センチ四方の新しい料理の場「ミングル」。コンパクトながら、IHと食洗機、シンクを完備
右上/テーブル下には引き出しが付き、食事の際のカトラリー類もすぐに取り出せる
左下/水栓とシンクを備えた円形の洗い場も付く。簡易的だが、器や食材の汚れをざっと落とすには十分
右下/ざっと汚れを落としたお皿はそのまま足元の食洗機へ。一歩も動かなくて済む動線の短さが便利

家庭のキッチンが変われば、
料理や暮らし方もバージョンアップする

「ミングル」は、スープを煮込んだり、さっと焼く料理などには使いやすい一方、油が飛び散ってしまう揚げ物や強い火力が必要な中華の炒め物といった料理には向かない面もある。「つまりキャンプみたいに、『あるものでやるしかない』。これしかできないと思えば、複雑な料理をしない後ろめたさからも解放されますよね(笑)」。また少ない材料でも美味しいスープができるように、機能が限られているからこそ料理のイマジネーションも広がると有賀さんはいいます。「耐熱プレートで厚揚げやしいたけなどの野菜を焼いて、熱々のまま食卓へ出す。みんなで鍋を囲む感覚で、スープをよそいながら食べるのも楽しいのではないでしょうか」。ミングルのある暮らしを見てもらうことで「料理ってこんなにシンプルになるんだ、その方が楽しいかもと思ってもらえたら嬉しい」という有賀さん。そうした思いから、日々、スープのレシピを伝える一方で、ミングルを作った経緯やその使い心地などもSNSなどを通して積極的に発信しています。「家庭の料理は、作る人も食べる人も主役。忙しい生活でもストレスにならず無理なく作れる、そんな暮らしのバージョンアップを皆さんと一緒に考えていけたらと思っています」

増えた収納スペースにも収まらなくなった鍋は、窓辺のカウンターに蓋を裏返して重ねて置いています

Recipe

にんじんのポタージュと有賀さんの最新刊『ライフ・スープ くらしが整う、私たちの新定番48品』。これからの私たちの暮らしに寄り添う「新定番のスープ」をコンセプトに、コンソメ、ポトフ、ミネストローネ、クラムチャウダーなど、誰もが知っているスープを少ない食材と手順で作るコツを紹介している

にんじんのポタージュ

■ 材料
にんじん 3本
塩 適量
オリーブオイル 大さじ1
バター 大さじ1
トマト 水煮缶を使う場合は1缶(400g入り)の1/8ほど。生の場合は中サイズ1つを皮のまま粗く刻んで。
水 200〜300ml
牛乳 適量

■ 作り方
1. にんじんは皮をむき、2〜3mm幅の薄切りにする。
2. 鍋ににんじん、トマト、オリーブオイル、バター、塩ひとつまみを入れて、中火で炒める。水100mlを加えてふたをし、蒸し煮する。
3. はじめは青くさかったにんじんが、甘い香りになるまで蒸し煮にする。そこで火を止めるか、さらにくたくたになるまで続けるかはお好みで。
4. 水を100ml加えたら、ブレンダーをしっかりかけてなめらかに仕上げる(ミキサーにかけてもよい)。
5. 鍋に戻したら、かきまぜながら弱火で温める。ぽってりした濃さにするならそのまま、さらっとさせたいなら少しずつ水を加えて様子をみる。塩気が足りないと思えば追加し、コクが欲しい場合はバター、まろやかさが出したいなら牛乳を加えてお好みの味に仕上げる。

浮き実のにんじんグラッセ

■ 材料
にんじん 1/4本
塩 ひとつまみ
バター 少々
水 適量

■ 作り方
5mm角のさいの目に切ったにんじん、塩ひとつまみ、バター少々を鍋に入れ、ひたひたの水を加えて煮る。
※ 角切りにしたにんじんを、出汁などをとる使い捨ての「こし袋」に入れて、スープと一緒に火にかけても作れる。あるいは、上記の材料1/6本分(約30g)とバターと水少々を耐熱容器に入れて、600Wの電子レンジで2分30秒〜3分かけてもよい。

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