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木の家が身体に良いのには、理由があった

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木の空間に包まれるときに感じる心地良さの正体とはいったい何なのか。スギの無垢材に含まれる香り成分に着目し研究している九州大学農学研究院准教授の清水邦義さんに、大学のキャンパス内で行った実験データから人体に及ぼすさまざまな影響についてお話を伺いました。

木材を「地消地産」するために、無垢材の香り成分に注目

私が自然素材に関心をもって研究を行っているのは、これまでのように化石燃料を使って二酸化炭素を排出していては地球の寿命を縮め、やがて限界を迎えてしまうことを危惧しているからです。人間がこの先も地球上に住むという観点から考えるなら、もともと地球上に存在する天然資源の木材を活用し、使うことと植えることを等しく循環させていなかくてはなりません。材料の「地産地消」とよく言われていますが、いま私が大切だと考えているのはむしろ「地消地産」です。木材の正当な価値を評価し、消費していく市場がなければ、日本の木材や林業は成り立っていきません。そこで科学的なデータをもとに付加価値を与えて食品の機能性を示す「機能性表示食品」の考え方と指標づくりを、木材に応用できないかと考えました。これまで木材の性能を表すJAS規格では、構造材の耐火性能などが指標となっていましたが、木材に付加価値を与える新たな機能性として無垢材、とくにスギの無垢材がもつ香り成分に注目し、香りの含有量を分析する方法の規格化に挑戦しています。

人体への影響を確認するために、大学キャンパスで実証実験をおこなう

香りは人間の嗅覚を通して感情や記憶を司る大脳辺縁系にダイレクトに作用し、私たちにさまざまな効果を与えると言われています。とくにスギの無垢材の特徴的な香りに着目し、その香りの大半を占める成分であるセスキテルペン類が、人体に良い影響を与えるということがさまざまな論文ですでに明らかになっています。では、実際に住宅の内装材にスギの無垢材を使った場合、人体にどのような影響を与えるのか。科学的なエビデンスを得るために、九州大学のキャンパス内に同じ構造と大きさを持つ無垢材と非無垢材(樹脂系建材)の内装材を使った住宅を2棟建て、学生などに協力してもらいながらさまざまな実験を5年間行いました。ここでは5年間の実験から得た実証データをご紹介しながら、スギの無垢材が与える人体への影響についてお伝えできればと思います。

九州大学のキャンパス内につくった実験棟。視覚的な先入観をなくすため外観は同様にし、内装材のみ変更。A棟(左)には、大分県日田市産の無垢材「津江杉」を採用。B棟には、無垢材を模した木目調のビニールクロスを採用。

無垢材の家には、本当に調湿作用があるのか?

まずこの2棟のセスキテルペン類の濃度を測定したところ、スギ無垢材を内装に用いた部屋は非無垢材を用いた部屋に比べて、平均濃度が最大で4倍以上高く検出されました。また、香り成分は温度による影響を受けやすく、暑い夏に高く、寒い冬に低くなること、そして季節による変動はあるものの、経過年数による明らかな香りの減少は確認されず、部屋の空気に含まれる木の香りが十分維持されていることがわかりました。

では、木の家には調湿機能があるとよく言われていますが、実際にはどうなのでしょうか。調湿機能を調べるために、被験者が睡眠中の湿度変化について実験を行い、無垢材の家と非無垢材の家の相対湿度を1時間ごとに調べました。そして季節によって違いがあるかを調べるために夏と冬で実験を行いました。その結果、この条件においては湿度が高い時には湿気を吸収しており、無垢材の家では非無垢材の家と比較して、相対湿度が約10%低くなりました。つまり無垢材の家には調湿作用があり、夏でも居室空間を快適に保つことが期待できることがわかりました。こうしたスギの香り成分や調湿機能の違いは、人体にどのような影響を与えるのでしょうか。

睡眠中の湿度の変化 グラフ

脳のα波の振幅が大きくなり、リラックスできる

セスキテルペン類は、血圧や脳の活動を鎮静化させ、怒りや緊張などを緩和させる効果があると言われています。脳活動の指標として用いられる脳波は、神経活動の変化を反映し、リラックス時に出現する後頭部のα波の振幅を計測することで、スギの香りがヒトの精神に影響を及ぼしているかどうかを評価することができます。実験では、被験者に無垢材の家および非無垢材の家で課題を行ってもらい、α波の振幅の経時的変化を観察しました。すると無垢材の家では、課題終了後のα波の振幅が約17%上昇したのです。スギの香り成分の大半を占めるセスキテルペン類の濃度が高い家は、課題終了後のα波の振幅を顕著に上昇させたことから、作業後の疲労回復効果や安らぎ効果が期待できることが明らかになりました。

α波の振幅の経時変化のグラフ 入室前と退室前における気分の変化のグラフ

唾液アミラーゼが減少し、ストレスを改善する

ストレスの多い現代社会において、唾液アミラーゼは、ストレスを評価するための指標として採用されています。ストレスや緊張を感じると唾液アミラーゼの分泌量は増加し、逆にリラックスしてストレスが軽減されると、唾液アミラーゼの分泌が減少するのです。そこで健常な大学生、男性10名、女性10名(年齢:22.5 ± 1.4歳)を対象に無垢材の家と非無垢材の家で30分程度の課題作業を行い、課題作業前後の唾液アミラーゼの含有量を測定しました。その結果、試験終了後の唾液アミラーゼの含有量は、無垢材の家では35.7%と大きく減少したのに対し、非無垢材の家では5.9%上昇しました。このことから、スギの香りの成分であるセスキテルペン類が唾液アミラーゼを減少させ、無垢材の家の方がストレスを低減する可能性が高いと考えられます。

唾液アミラーゼの変化率のグラフ

無垢材の家では、ゆっくり眠れる?

このように、無垢材の家には湿度を調節する効果があり、香り成分が豊富で心身をリラックスさせることが明らかになってきました。そこで、睡眠時間の短い日本人にとって無垢材の家が睡眠環境としておすすめできるかどうか比較試験を行いました。男子大学生6名(途中で1名中止)(平均年齢±標準偏差:22.0±0.8歳)を対象に、無垢材の家と非無垢材の家に各1晩(睡眠時間8時間)宿泊し、睡眠中の脳波、心電図、血圧、脈拍、睡眠時の活動量、温度・湿度を測定し、起床時の睡眠の評価を行いました。その結果、無垢材の家は非無垢材の家に比べて被験者の深い眠り(睡眠段階3)は36分長く、浅い眠り(レム睡眠)は18分短いというものでした。無垢材の家のほうが、より良質な睡眠空間を提供できることが示されました。

各段階での睡眠時間のグラフ

リラックスして、作業効率もアップする

スギの無垢材の部屋がストレスを軽減し、リラックスさせることがわかってきましたが、一方、作業や集中力の面ではどうなのでしょうか。無垢材と非無垢材のそれぞれの部屋で、パソコン課題(視覚刺激弁別課題)と呼ばれる実験を男性15名・女性15名ずつに受けてもらいました。この課題では、部屋の中で安静にした状態で椅子に座ってもらい、パソコン画面にランダムに現れる図(標的刺激・偏奇刺激・標準刺激)を見て、あらかじめ正解であると示している図(標的刺激)の時のみ、マウスを素早くクリックする方法で回答してもらい、その時の誤答率と反応速度を調べました。30分ほどの課題をこなしてもらった結果、無垢材の部屋では、最大で約15%、平均で約1.4%正答率が高く、反応速度も速いという結果が得られました。このことから、無垢材を使った部屋では、集中力が高く保たれていることが分かりました。

後答率のグラフ

記憶を司る海馬の神経活動に作用する

作業効率を上げるということは、人の脳にも影響を与えていることを示唆しているのでしょうか。私たちは、記憶を司る海馬の神経活動と関連しているといわれるFmθ(エフエムシータ)という特殊な脳波に注目しました。Fmθは、前頭部の正中線上から記録されるθ波で、4-7ヘルツ(1秒に4-7回)の周期のサイン波が前頭部に記録さます。無垢材の部屋と非無垢材の部屋で6回のパソコン作業課題をした時のFmθ振幅の変化を精神作業や記憶活動の指標として比較してみました。その結果、無垢材の部屋では6回の作業でFmθ振幅は最終的に1.5%上昇しましたが、非無垢材の部屋では10.2%も低下することが明らかになりました。このことは海馬の記憶の神経活動や精神的な集中が、非無垢材の部屋で作業した時よりも無垢材の部屋でパソコン作業を続けた方が、はるかに低下しにくい傾向があることを示唆しています。

セッション1とのFmθ振幅比のグラフ

脳の活性化につながる可能性も

脳内の記憶の神経活動への効果が明らかになってきたことは、高齢者の脳を活性化する新たな可能性を示しています。もしこの高齢化社会で、身体の機能低下や認知症などの予防ができれば、その活用の幅は住宅だけでなく、高齢者施設や病院にも広がってきます。実際に無垢材の部屋が認知機能の維持・向上に効果的かどうかを調べるために、高齢者施設での比較試験を行いました。高齢者施設を利用する高齢者10名(平均年齢±標準偏差:78.1 ±7.3歳)を各5名(途中で1名中止)、無垢材の部屋と非無垢材の部屋に分かれて3か月生活してもらい居室の違いによる対象者の認知機能の変化を比較したところ、無垢材群の1名において認知機能、記憶機能の双方が改善しました。記憶は大脳辺縁系にある「海馬」という部位が司っていますが、この海馬に直接的に電気信号を送れる唯一の感覚が嗅覚であるといわれています。したがって香り成分であるセスキテルペン類によって認知と記憶改善の効果がみられたものと推察されます。認知症の予防効果についても、これからもさらに検証を続けていく予定です。

MMSE(認知機能評価得点)の変化のグラフ

香り成分は、個人の嗜好に左右されない効果がある

このように実験の実証データによって、無垢材の香りが人体に多くの効果をもたらすことがわかってきましたが、もともと被験者たちが無垢材の家や自然素材を好む人ばかりで、一種のプラセボ効果が働いているのではと訝しがる人もいると思います。そこで私たちは、個人の嗜好が実験結果に影響を与えるかどうかを判断するために、無垢材が好きと答えた人(Group W)と非無垢材が好きと答えた人(Group L)にグループ分けして、それぞれのグループで生理学的効果を比較してみました。その結果、たとえ非無垢材が好きと答えた人(Group L)でも無垢材の家が好きと答えた人と同じように、作業課題後に血圧が低下していることがわかりました。これはスギから揮発する香り成分のセスキテルペン類が、直接鼻や肺を通って体に取り込まれているためで、たとえ普段は非無垢材の部屋に住んでいて無垢材に慣れていない人でも効果は変わることなく発揮されるということを意味しています。

血圧低下効果データのグラフ

ご紹介した実証データをもとに、スギの無垢材の香り成分であるセスキテルペン類の効果と含有量を測定し分析する方法を確立し、規格化を進めてきました。そして次のステップとなるのが、セスキテルペン類の含有量によって木材を等級化しJAS規格にすることです。木材の乾燥方法によってもセスキテルペン類の量が増減することもわかってきましたが、等級化する目的は、あくまで木材に付加価値を与えることで日本の林業が産業として活性化し、持続可能な天然資源として木材を活用していくことにあります。実験によって得た実証データは個人の嗜好にかかわらず、健康的な住まいづくりや暮らしに役立つものです。これまで木の家に関心のなかった方にも、ぜひ興味をもってもらえると嬉しいと思います。

データ出典:木の家の健康を研究する会

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