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暮らしのアイデア
廃棄される酒粕から生まれたクラフトジン
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「東京リバーサイド蒸溜所」のクラフトジンは、“飲む香水”とも称され、世界的な評価を得る一方、日本酒造りの過程で生まれる酒粕を再利用してジンを蒸溜するなど、素材再生型の蒸溜所としても注目を集めています。最高蒸溜責任者の山口歩夢さんに、ジンづくりの素材へのこだわりについてお話しを伺います。
「クラフト」の流行が、ジンづくりにも波及
もともとクラフトとは、技能や工芸などの意味をもつ言葉です。その語源から、作り手がこだわって少量生産で作った商品を「クラフト〇〇」と呼ぶようになり、私たちの身の回りでも、その名を冠したさまざまな商品を見かけるようになりました。その中でお酒業界を席巻しているのが、多種多様な味わいのクラフトビールです。全国各地の醸造所で、地元のさまざまな材料と製法でつくられるようになってきました、そしてこれまで、一部のお酒好きの間で飲まれてきた「ジン」にもクラフトの波が押し寄せています。
世界的にみると、ジンは、ウォッカやラム、テキーラとともに世界4大スピリッツに数えられる人気のお酒です。多くのジンは大麦やライ麦、トウモロコシといった穀物を使った蒸留酒(ホワイトリキュール)をベースに、香草や薬草(ボタニカル)で香りづけをして仕上げます。しかし、どんなお酒であってもジンと勝手に呼んでいいわけではなく、ジンを名乗ることができるお酒には、大きく2つの決まりごとがあります。1つ目は、瓶詰めをしたときのアルコール度数が37.5%以上あること。そして2つ目は、ジュニパーベリー(セイヨウネズの実)の香味が加えられていることです。ジン特有のウッディーなスパイス風味のベースになっています。

ジンに欠かすことのできないジュニパーベリー。セイヨウネズというヒノキ科の針葉樹の実で、かつてヨーロッパでは万能薬と重用され、ジンの前身と言われる薬酒「ジュニパー酒」には、このジュニパーベリーが使われていた。
自由度の高いジンづくりの魅力とは?
しかし、これは裏を返せば、材料の一つにジュニパーベリーを使い、アルコール度数が37.5%を超えていれば、あとはどのようなお酒に仕上げてもジンを名乗れるということです。ウイスキーに比べて短期間で蒸溜できることも手伝って、実際にクラフトジンを製造する際に珍しい材料やボタニカルを取り入れて、オリジナリティあふれる製品に仕上げる蒸溜所も増えてきました。
そもそも、ジンの蒸溜とはどのように行うのでしょうか。ジンの原料となる穀物は、デンプンを主成分としていますが、これをお酒にするためにはデンプンを糖に分解する「糖化」の過程が必須となります。原料が十分に糖化したら、発酵の工程に移っていきます。発酵によってできたお酒はまだ「もろみ」の段階です。この時点でのアルコール度数は、まだ約10~20%程度とそれほど高くありません。ジンのアルコール度数は37.5%以上と定められているため、アルコール発酵をした段階でのお酒をジンと呼ぶことはできないのです。そのため、発酵させた「もろみ」のアルコール濃度を高めるためには、蒸溜の工程が必要です。蒸溜とはお酒を最適な温度で熱して、そのアルコール度数を高めていく作業のこと。ジンの蒸溜では連続式蒸溜機と呼ばれる機器を使うのが主流になっています。水とアルコールは沸点が違うため、連続式蒸留機で適切な温度を入れればアルコールと水が分離し、アルコール度数が上げられます。この段階まで蒸溜された高濃度アルコール(ベース・スピリッツ)は無色透明で、まだ香りも味もあまり感じられません。多くの蒸溜所では、ここまでの工程を終えたベース・スピリッツを専業のメーカーから購入しますが、自分たちでベース・スピリッツをつくり、香りづけするボタニカルも栽培したり、原材料を買い付けるなど、素材選びとその製法に独自の工夫を凝らしたクラフトジンをつくる蒸溜所も登場するようになりました。

ジンなどの蒸留酒の主な工程は、「糖化」「発酵」「蒸溜」。高濃度アルコールのベース・スピリッツができたら、ジンに適した酒質の溜液を取り出し(カットし)、香りづけのボタニカルの香りが浸透しやすいようアルコール度数を下げるために加水などを施し、ジンを完成させる。
“飲む香水”と称される、エシカル・スピリッツのジン
そんなこだわりのクラフトジンをつくる蒸溜所のなかでも、素材やその製法で異彩を放っているのが、「東京リバーサイド蒸溜所」です。「東京リバーサイド蒸溜所」があるのは、江戸時代には米蔵の街として栄えた東京・蔵前。もともと印刷工場だったという5階建てのビルをリノベーションした蒸溜所には、ボトルショップやバーダイニング、屋上にはボタニカルガーデンまでが併設されています。


2021年3月、蔵前の街中に開設された「東京リバーサイド蒸溜所」。1階のオフィシャルストアでは、各種クラフトジンの購入や香りのテイスティングができるほか、クラフトジンを用いたドリンクのテイクアウトも行う。ストアの奥には、蒸留スペースがある。

ビルの屋上では、2Fのバーダイニングで提供するカクテルや食事で使用するハーブなどのボタニカルを自社栽培している。
「お酒の中でもジンが面白いと思うのは、ジュニパーベリーという基軸がありながら、作り手がさまざまな原材料をつかって味を表現できるというジンの自由度の高さです」。そう語るのは、蒸溜所を運営するエシカル・スピリッツでジンのレシピを考案する最高蒸留責任者の山口歩夢さん。山口さんは1995 年生まれで、弱冠29歳。東京農業大学大学院在学中から、さまざまな酒造や開発に関わり、2021年にはForbesJAPANが選ぶ「世界を変える30 歳未満の30人」JAPAN 部門に選出されるなど、世界的に注目を集める若手の蒸溜家です。
「学生の時に、酒屋で、『タンカレー』という伝統的なジンと、ジャパニーズ・ジンの元祖とも言われる『季の美』、そして当時世界的に流行していた『モンキー 47』の3つを買って飲んでみたんです。そうしたら、あまりにも味が違うのでびっくりしました」と山口さん。エシカル・スピリッツのジンは、ラベンダーやハイビスカスなど特に香りの高い植物を材料に取り入れ、世界の品評会で“飲む香水”と称され、高い評価を得ています。ジン特有のスパイシーな香りに慣れた人は、その華やかさにきっと驚くはずです。

ストア奥にある、容量500リットルのハイブリッド型連続式蒸留器でジンを蒸留する。「最近は、つくるジンが増えたので蒸溜器もフル稼働しています」と山口さん。


店頭には、ボトルと合わせて香水瓶が並ぶ。「こうすると、飲まなくてもジンの材料の違いが感じられるでしょ」という山口さん。香水のように、ジンの香りの違いを楽しむプレゼンテーションも新鮮。
「搾りかす」として廃棄された酒粕を活用
蒸溜所の開設とともに、まず山口さんが手掛けたのがベース・スピリッツとなる原酒探しでした。通常のジンは、大麦やライ麦、トウモロコシといった穀物の蒸留酒を輸入して使用しますが、エシカル・スピリッツでは、廃棄される素材や、見過ごされている素材の隠れた魅力を引き出したいという思いから、酒造りの工程で「搾りかす」として廃棄されてきた酒粕を活用することを思い付きます。そのきっかけとなったのが、コロナ禍で食材が余り、廃棄されるというニュースが連日流れ、エシカル・スピリッツ会長の山本祐也さんが経営する日本酒店でも、日本酒の製造工程で産出される酒粕の多くがやむなく捨てられている現状を知ったことにあったといいます。

エシカル・スピリッツでは、廃棄される予定の酒粕やビールをベース・スピリッツとし、日本各地で使わなくなった食材や薬草なども使って香り付けし、ジンを蒸溜する。
素材再生型の蒸溜所として世界的な注目を集める
酒造りの工程では、使用した米のうち30~35%が酒粕になると言われています。大手酒造会社では、酒粕をスーパーに流通させたり、畜産の肥料として再利用している場合もありますが、こだわりのある酒造りをする中小の酒蔵ほど、酒粕の管理にまでは手が回らず、仕方なく廃棄されていることも。
「酒粕のままだとやがて腐ってしまいますが、蒸溜酒にすれば半永久的に保管することができます。じつは全国には約1 2 0 0 の酒蔵があり、酒蔵によって酒粕の味もまったく違い、無限の可能性があるんですよ」と山口さん。そうして、自ら全国の酒蔵に足を運んでは、つくりたいジンのイメージに合う酒粕を探したといいます。現在は、鳥取県境港市の「千代むすび酒造」、佐賀県みやき町の「天吹酒造」、秋田県にかほ市の「飛良泉本舗」などの酒粕を、香り付けのボタニカルとの相性などを見ながらジンの原酒として使用しています。
こうして誕生したクラフトジン「LAST ELEGANT」は、千代むすび酒造の酒粕から蒸溜した。原酒由来の爽やかな香りもさることながら、素材再生型の蒸留所がつくるジンとしても注目を集め、英国「IWSC2021」での最高金賞や、「World Gin Awards 2021」で国別最高賞など受賞、本場ヨーロッパでも絶賛されました。また、素材を再生する蒸溜所の取り組みが評価され、2024年6月に開催された東京ウイスキー&スピリッツコンペティション「TWSC2024」で、「ベスト・ジャパニーズ・クラフトジン・ディスティラリー」を受賞しました。

ラベンダーやハイビスカスの華やかさと、ピンクペッパーやカルダモン、花椒のスパイシーさが花を添える香り高いジン「LAST ELEGANT」。2,475 円(375ml)。
「エシカルだから」ではなく、「美味しいから」飲んでもらいたい
酒粕以外にも、コロナ禍で余剰となったビールや日本酒、チョコレートづくりの過程で残るカカオの皮、間引きされたスダチ、コーヒーの出し殻など、さまざまな廃棄素材をジンの原料としてよみがえらせてきました。

世界を代表するホワイトビールブランドHoegaardenより、コロナ禍で余剰となった「ヒューガルデン・ホワイト」を原酒にした「REVIVE from Hoegaarden 」。八朔とレモンピールの柑橘香とコリアンダーの爽やかさが組み合わさり、ジントニックにぴったりの清涼感が特徴。3,300円(375ml)
山口さんがジンづくりで大切にしているのは、本当は価値があるのに、人間の都合で価値がないように扱われているものを探し出すことにあるといいます。
「梅干しの種やミョウガの茎、ジュースを搾った後のミカンの皮など、これまで捨ててしまったものもジンづくりに使えることがわかってきました。そうした全国の生産者さんとつながることで、気づかずに破棄される食材とそれを取り巻くさまざまな問題が見えてきます。僕の仕事は、ジンづくりを通して、いままで見落とされていた素材の価値を見えるようにすることだと思っています」。その一方で、エシカルやサステイナブルの姿勢を押し付けるつもりはない、と山口さんは付け加えます。
「だって、あくまでも“美味しいから”という理由で飲んでほしいじゃないですか。そして『なんで美味しいんだろう』という思いから、ジンに興味をもってもらえたらうれしいですし、廃棄される素材の可能性にも目を向けてもらいたいと思います」
日本各地に足を運んで生産者とつながり、廃棄素材を含め、その地域ならではの素材や食文化をジンのレシピに落とし込んでいく。そうして出来上がったジンを、それぞれの素材が生まれた土地の風景を思い描きながら味わえるのは、エシカル・スピリッツが手がける再生型ジンづくりの一番の魅力なのかもしれません。

百貨店や酒販店に卸す定番商品だけでなく、会員限定のサブスク製品の中には実験的な材料を使ったジンもある。ラベルには、「椎茸の軸」など珍しい原材料の名もある。
蒸溜所情報紹介
東京リバーサイド蒸溜所

住所 | 東京都台東区蔵前3-9-3 |
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営業時間 | 13:00〜19:00 月・火休 |
公式サイト
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