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暮らしのアイデア
『東京ホテル図鑑』遠藤 慧さんに聞く“測る”と“描く”で見つける、空間づくりのアイデア
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ホテルを独自の視点で実測・スケッチし、その記録をまとめた『東京ホテル図鑑』が話題の遠藤慧さん。一級建築士でありカラーデザイナーでもある遠藤さんが、数々のホテル泊を通じて見つけた居心地の良さの秘密と自宅のインテリアにも応用できる空間づくりのヒントを、4つの名作ホテルから紐解きます。
ホテルの設計を勉強するために始めた実測スケッチ
遠藤さんが描いた東京・新宿のホテル「ONSEN RYOKAN 由縁 新宿」の実測水彩スケッチ。客室の平面図は、実際の大きさの1/50スケールで描く。空間や家具、設備だけでなく、各種アメニティも描かれているため、眺めているだけで実際に泊まったような臨場感を感じる
遠藤さんがホテルでメジャーを片手に部屋中を測り始めたきっかけは、新卒で入った設計事務所時代に遡ります。「私はもともと設計事務所に勤めていたのですが、新卒で入りたての頃、ホテルの設計を担当する機会があったんです。でも当時の私は、学生時代にビジネスホテルなどの安い宿泊施設くらいしか泊まった経験がなくて(笑)。これじゃ設計できない、まずは実物を見なきゃと思ったのがきっかけでした」
建築やインテリアを学ぶためには、名作建築を訪れて実測スケッチをすることが一種の建築士としての“修行”のような勉強法だといいます。「建築家の先輩たちも実践されていましたし、何よりホテルという場所は、お金さえ払えば丸一日その空間を独り占めできて、誰にも邪魔されずに細部まで観察できるんです。これは最高の教材だと思って、メジャーやレーザー距離計を持って泊まり込み、部屋の隅々まで測って記録し始めました」
最初は勉強のためと思って始めたことでしたが、続けていくうちにその面白さにのめり込んでいったという遠藤さん。「写真を撮るだけだと一瞬で終わってしまいますが、スケッチはしっかり観察しないと線が引けません。『ここはどうなってるんだろう?』『なぜこの寸法なんだろう?』と考えながら描くことで、設計者の意図や空間の工夫を深く理解できる気がします」
記憶の色と本当の色は違う。「水彩」だから描ける空気感
『東京ホテル図鑑』の実際の見開きページ。水彩スケッチや写真とともに、右下には客室の内装を構成している素材・建材チップと名称、測色値(マンセル値)が掲載されている
遠藤さんのスケッチの特徴は、美しい水彩で描かれていること。そこには、建築家ならではの「色」へのこだわりがあります。「スケッチには水彩絵の具を使っています。色鉛筆やマーカーだと色数が限られますが、水彩なら混色することでいくらでも色がつくれますから」。しかし、実際に現地で感じる色と、建材そのものの色は異なることが多いと遠藤さんは言います。「面白いのは、私たちが『あそこの壁紙、素敵なピンクだったな』と記憶していても、実際に色見本帳を当てて測ってみると、じつは渋いグレーがかったピンク色だったりするんです。大きな面積で見ると色は実際よりも鮮やかに感じやすいですし、光の入り方や周囲の色によっても、本来の色とは違って感じられるものなんですよね」
著書『東京ホテル図鑑』では、その場で感じた印象を表現した「水彩スケッチ」と、実際に計測した「測色値(マンセル値)」を対比させています。「写真は事実を写しますが、人間の目で見た『印象』とは違うことも多い。逆に、スケッチならその場の空気感や立体感を強調して、記憶の中の景色を再現できるんです。でも、それを自宅で真似しようとして記憶の色だけで壁紙を選ぶと、派手すぎて失敗しちゃう。『印象』と『現実の数値』、その両方を知っておくことが、イメージ通りの空間を作るコツだと思います」
ここからは遠藤さんが独自の視点で実測・スケッチした『東京ホテル図鑑』の中から4つのホテルをピックアップ、その居心地の良さの秘密と自宅のインテリアにも応用できる空間づくりのヒントを見ていきましょう。
「HOTEL K5」。常識にとらわれないベッドと家具の配置でつくる「居場所」
かつて金融街として栄えた日本橋兜町。その歴史を象徴する1923年(大正12年)竣工の重厚な銀行建築をリノベーションして生まれたのが「HOTEL K5」です。外観はRC造のクラシックな風格をそのまま残しつつ、内部はスウェーデンのデザインユニット「Claesson Koivisto Rune」の手によって、ホテル、レストラン、バーなどが一体となった先鋭的なホテルとして生まれ変わりました。歴史の重みと現代的なデザインが交差するこの場所で、遠藤さんは客室の斬新なプランニングに目を奪われたといいます。
「ここの客室が本当に衝撃的で。普通、部屋を広く見せるためにベッドは壁に寄せるのがセオリーなんですが、ここでは部屋のど真ん中にベッドがドーンと置いてあって、その周りを藍色のグラデーションのカーテンが円形に囲んでいるんです」。一見、無駄なスペースが多いように思えるプランですが、滞在してみるとその豊かさに気づかされます。「実際に過ごしてみると、回遊性があって行き止まりがないし、カーテンの隙間からデスクが見えたり、ソファがあったりと、一つの部屋の中にいろんな『居場所』が生まれている。35平米のそこまで広くない部屋なのに、すごく豊かに感じられるんです」
この体験は、自宅のインテリアを考える上でも大きなヒントになります。「自宅でも、ただ部屋を広く使うことだけにとらわれず、思い切って家具の置き方を変えてみたり、あえて目的に縛られない場所をつくってあげると、暮らしの質がぐっと上がるんだなと学びました。デスクの配置や、植栽の見せ方もすごく参考になるホテルです」
ホテル情報
HOTEL K5
| 所在地 | 〒103-0026 東京都中央区日本橋兜町3-5 |
|---|---|
| 電話番号 | 03-5962-3485 |
| URL | https://k5-tokyo.com |
「hotel hisoca ikebukuro」。“かわいい”を大人っぽく。彩度を抑えた色使い
池袋駅から徒歩2分という都会の只中にありながら、ミニマムな看板や植栽ですっきりとした佇まいをつくっている「hotel hisoca ikebukuro」。築19年のホテルをリノベーションして生まれた施設で、ファミリーやグループでも楽しめる現代的な空間へと生まれ変わりました。ダスティピンクとダスティグリーンをテーマカラーにした統一感のある世界観は、若い世代を中心に人気を集めています。
「このホテルの学びは、色の彩度です。ピンクやグリーンといった有彩色をインテリアに使う時、どうしても『かわいくなりすぎないか』『飽きないか』と心配になりますよね。『hisoca』の場合、テーマカラーといっても、実際の建材の色はかなり彩度を落とした“くすみカラー”なんです。でも、実際に空間に入るとちゃんと華やかでかわいらしい印象を受ける」
自宅で色を取り入れたい時のポイントとして、遠藤さんはこうアドバイスします。「建材などのベース部分は『地味かな?』と思うくらい彩度を下げた色を選んでおくのがおすすめです。その分、クッションや小物、お花などで少し鮮やかな色を足してあげる。そうすると、子供っぽくならず、大人でも楽しめる色のある暮らしがつくれると思います。『hisoca』は、そんな色のコントロールもお手本になるホテルです」
ホテル情報
hotel hisoca ikebukuro
| 所在地 | 〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-10-4 |
|---|---|
| 電話番号 | 03-6692-8181 |
| URL | https://hotelhisoca.com/ |
「MUJI HOTEL GINZA」。素材が違ってもまとまる、グレーがつなぐ空間の調和
銀座の並木通りに位置する「無印良品 銀座」の上層階、6階から10階に展開する日本初の「MUJI HOTEL GINZA」。“アンチゴージャス・アンチチープ”をコンセプトに、旅先であっても日常の延長線上にあるような心地よさを提供しています。共用部の内装には、かつて銀座の路面電車で使われていた敷石や、廃船の古材を再利用したアートウォールなど、「時間」の記憶を宿した素材が多く使われているのも特徴です。
多様な素材が混在する空間を、遠藤さんは「グレー」の使い方が巧みだと分析します。「木、布、左官など素材はバラバラですが、どれも穏やかなグレイッシュトーンでまとめられています。ただ、そのグレーも無機質な色ではなく、木に寄せた少し色味のあるグレーなんです。だから、素材が違っても全体にやさしいまとまりが生まれています」
部屋の壁の一部にはオークの突板、反対側は織目が印象的な布クロス、ベッド側は珪藻土の左官と素材の切り替えが多い空間ですが、全体が柔らかな光の中で調和しています。「本当に居心地が良いんです。自宅のリノベや模様替えでも、木の色をベースにしつつ、合わせるグレーや白のトーンをこの『木』に寄せてあげるだけで、ぐっとまとまりが出ます」
ホテル情報
MUJI HOTEL GINZA
| 所在地 | 〒104-0061 東京都中央区銀座3-3-5 6F |
|---|---|
| 電話番号 | 03-3538-6101 |
| URL | https://hotel.muji.com/ginza/ja/ |
「THE AOYAMA GRAND HOTEL」。ヴィンテージマンションのように、暮らしの延長にあるホテル
かつてファッションとカルチャーの発信地として青山・表参道のランドマークだった「青山ベルコモンズ」。その跡地に2020年に開業したのが「THE AOYAMA GRAND HOTEL」です。ミッドセンチュリー・モダンのスタイルを取り入れた内装は、ベルコモンズが賑わった1970~80年代の空気感を現代的に再解釈したもの。単なる宿泊施設ではなく「当時の青山に住んでいた感度の高い人々のヴィンテージマンション」というコンセプトでデザインされています。
「ここはコンセプトが『ヴィンテージ・マンション』なんです。ホテルというよりは、センスの良い友人の家に遊びに来たような感覚になれる場所です」と遠藤さん。家具はイタリアのアルフレックスなどで揃えられ、ミッドセンチュリーモダンな雰囲気が漂います。「私が宿泊したお部屋は、洗面所やクローゼットが一箇所にまとまっていて、ベッドルームときちんと扉で仕切られていました。生活感を隠しつつも、使い勝手は住居に近いつくりになっていてとても居心地がよかったです」
客室の内装は、赤みのある深い木調の天井に、ミニマムモダンな照明、色鮮やかなクッションが効いています。イワタ製のベッドは脚が特徴的で、下部が空いていてボックスタイプでないことも、ホテル然としていない住居のような雰囲気づくりに一役買っています。「時代を感じさせるものやこだわりの家具を置くことで、空間に深みが出るんですよね。デザインへのこだわりから、大人の遊び心を感じる。そんな住まいづくりの楽しさを思い出させてくれるホテルです」
ホテル情報
THE AOYAMA GRAND HOTEL
| 所在地 | 〒107-0061 東京都港区北青山2-14-4 |
|---|---|
| 電話番号 | 03-6271-5430 |
| URL | https://aoyamagrand.com |
遠藤さんが描くホテルの実測スケッチが教えてくれたのは、自分にとっての空間の心地よさを探る大切さ。記憶の中の鮮やかなイメージを、現実の数値や色で「測る」視点と、理想の空気感を「描く」想像力。この2つを持つことで、私たちの住まいはもっと自由で豊かなものになるはずです。旅先のホテルで出会った非日常から、日常を彩るヒントを見つけてみてはいかがでしょうか。




























