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暮らしのアイデア
【あの人のインテリア #1】 インテリアスタイリスト・黒田美津子さん 北軽井沢の森にたたずむ黒田美津子さんの小さなアトリエ
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インテリアスタイリストとして第一線で活躍する黒田美津子さんのアトリエが北軽井沢の森にあります。それはフィンランドの森を思わせる敷地に立つ築70年を超える古家を改修した小さな平屋。そこでは黒田さんが長年かけて集めてきたさまざまな国や時代背景をもつものたちが共鳴し合い、他にはない居心地のよいインテリアをつくり上げています。
きっかけは、カイ・フランクの自邸に似た森の小さな古家
インテリアのスタイリストとして、長らく第一線で活躍してきた黒田美津子さん。東京を拠点に多忙な日々を送るなかで、これまでの仕事で出会った仲間たちと一緒に企画展をできるようなギャラリー兼アトリエがもてないかと考えるようになったといいます。そうして2022年の暮れに出会ったのが、北軽井沢の森に建つ古家でした。「もともと母方が所有していた別荘が中軽井沢にあり、幼い頃から夏休みに遊びに来ていたこともあって周辺の雰囲気に縁を感じていました。それに最初にこの場所を見にきたとき、何度も北欧を訪れている友人がついてきれくれたんです。彼女が『フィンランドにあるカイ・フランクの自邸によく似ているね』と話していて。それがこの場所に決めた大きな理由でした」。
赤松や白樺の木が林立するこの広い敷地に建っていたのは、築70年を超える昭和中期に建てられた木造の平屋。建物の中に入ると、前の住人の生活の痕跡がそのまま残され、まるでピタリと時間が止まったように感じたそう。「とにかく建物は古いし、和室中心の間取りで…。建て替えるべきか悩みましたが、スタイリングでも古いものに手を入れてアップサイクルする面白さを提案しているので建物を引き継いでいくことが私らしいやり方だと思い改修することを決意しました」と黒田さんはいいます。
左/アトリエのある赤松や白樺の木立が林立する敷地。キツネやリス、ときには鹿やキジがやってくることもあるそう
右/もともとこの敷地に建っていた築70年を超える木造の平屋
左/天気のいい日に雑木林の景観を外で味わうため、リビングルームと同じくらいの広さのデッキテラスを設ける
右/デッキテラスには、「スカンジナビアン・ハウジング」が取り扱う北米原産の樹齢75年以上のダグラスファーを使った上質なデッキ材を採用。経年でシルバーグレーに美しく変化するため「だんだん森に馴染んでいくのが楽しみです」と黒田さん
家具や道具たちのために間取りを考える
こうして始まった古家のリノベーション。通常の手順で進めるのであれば、まず家の間取りを決めて、家具や照明、器や雑貨などを収めていきますが、黒田さんの場合は、30年というスタイリストの仕事を通して集めてきた家具や道具たちのために家の設計や間取りを決めるという、逆の手順がとられました。リノベーション前の計画中に黒田さんが描いた家具の配置プランを見せて頂くと、まるで家具の展示会や実際のスタイリングの仕事のような詳細なプラン図が詳細なサイズとともに描かれています。「実際に家具の配置や間取りを考えるだけでも、10回以上プランを検討しました。もともと持っている家具や小物もヴィンテージ、建物も古いヴィンテージなので、スッキリとした容れ物(空間)にしようと最初に決めました」。インテリアのベースとなる壁と天井は、北欧にも寄り過ぎず、ミニマムにもなりすぎないバランスを考えてホワイトグレーにペイントし、床は淡いグレーのリノリウムで仕上げ、優しい色合いのフラットな空間が、古い丸太梁や家具を引き立てています。
左/黒田さんが描いた計画段階のプラン図。どこに何を置くのか、写真やサイズとともに詳細に描かれている
右/アトリエのダイニングには、森の中の家に似合うと保管していた「ハイク」のマウンテンテーブルに、フィンランドのブランド「ニカリ」のチェアを合わせています
リノベーションをする際、キッチンとリビングには構造柱があって取り払うことができなかったため、柱をデザインに取り込む形でリビング側、キッチン側のどちらからもアクセスができるシェルフを設けました。そのアイデアを、フィンランドの建築家の巨匠アルヴァ・アアルトの自邸から得たと黒田さんはいいます。
「自分の家をつくるなら、いつか取り入れてみたいと考えていたのが、アアルトの自邸のアイデアでした。美術館で開催されたアアルト展の会場構成を手がけたことがきっかけでアアルトの自邸とスタジオを訪れ、アアルト夫妻が暮らすことに真剣に向き合った工夫を目の当たりにしました。このキッチンには、その生活者としての視線へのオマージュを込めました」。シェルフの一部はガラス棚にして、北欧や各地への旅などで買い集めた大切な器を置き、スウェーデンのデザイナー、カール・ハリー・スタルハンのポットや、「イッタラ」のヴィンテージなど、毎日のように使うものも飾るように置かれています。
左/アアルトの自邸をヒントに黒田さんがデザインしたシェルフ。オリジナルは、妻アイノ・アアルトが生活上の工夫を考えてデザインした小さなカトラリー棚
右/ハッチ(小窓)があることで、キッチン側からもリビングダイニング側からも見通しがよく、料理やモノの受け渡しがしやすい。引き出しも両側から開けられる仕様に。見た目の美しさだけでなく、生活者視点のデザインが盛り込まれている
インテリアのスタイリングは料理をするように
「古いものと新しいもの、そこに旅の思い出や家族から受け継いだものなど私自身の歴史を加えて、インテリアを編み上げていくのが私のスタイル。アトリエは、まさにその集大成になるような空間になりました」。そう黒田さんが話すように、リビングには北欧の小物からピエロ・リッソーニによるテーブル、バウハウスやノルウェージャンアイコンズのペーパーコードの椅子、アイリーン・グレイの照明など、さまざまな国、時代背景をもつものが違和感なく溶け合っています。手に入れた時期もそれぞれ違うにもかかわらず、統一感を感じさせるのは、黒田さんならではのスタイリングの工夫があるからでしょう。
「空間に現れる色の数を絞るだけで、ものが多くて散らかって見えにくい効果があります。そうした意味で、スタイリングは料理に似ているかもしれません。白い空間のスタイリングは、白いお皿に白いポタージュを注ぎ入れる感じで、白だけではつまらないから緑色のパセリを添えるか、それとも赤いカイエンペッパーを足すのか。料理をするように考えるのが楽しい」。アトリエの白いリビング空間や玄関では、小さな小物や黄色い花などでちょっとしたアクセントを付けています。
左/内開きのドアや上り框(段差)のない玄関は、黒田さんがずっとやりたかったアイデアで、人を招き入れる“気持ち”をデザイン。玄関のタイルはデンマークの建築スタジオ「ノームアーキテクツ」がデザインしたグレーの大判を採用
右/「ヴァストベリ」の小さな照明器具が玄関を照らし、来る人を出迎える。ライトを高めにすることで、花瓶や小物を置く飾り棚として活用している
黒田さんのインテリアから学ぶスタイリングのポイント
あらかじめ色や形の統一感にこだわってスタイリングを意識するのではなく、そのときそのときの自分が心から好きなものを選んで、むしろその多様性をスタイリングで工夫し楽しむことで、空間がより豊かになっていきます。「一緒に飾りたいものの色やテイストを合わせれば無難ですが、同じテイストばかりで揃えすぎないのも重要なポイント。少しだけはずして、違うテイストのものを混ぜるとよいです」。ではどのようにスタイリングをしたら素敵なインテリアに仕上げることができるのでしょうか。黒田さんのスタイリング方法を、アトリエのインテリアや飾り方からみてみましょう。
スタイリング@ “家具のアップサイクル”
築70年を超えるこの古家を梁や柱を残しながらリノベーションで新しい空間にしたように、ずっと愛用してきた家具や道具たちも、修繕したり、手を入れることで、これまでとは違った使い方や新しい表情が生まれることがあります。私はそれを「アップサイクル」と呼んでいます。例えば、リビングに置かれたテーブルは、長年使ううちに天板の大理石が欠けてしまったので、欠けてしまった箇所を三角形に銀継ぎをすると、ピエロ・リッソーニのデザインを生かしながらもモダンな新しい表情が生まれました。
スタイリングA “見立てて、使いこなす”
花器を食器にしたり、食器を花器にしたり、形が似ているものを違う用途で使用することを“見立てる”といいます。すでにもっている雑貨や食器なども、“見立てて使いこなす”ことで、ものの回りの雰囲気が変わり、空間に表情が生まれます。たとえばアトリエの洗面台に置いた青い器は、本来灰皿なのですが、たばこを置く溝が水切りの溝として便利でソープディッシュとして使用しています。また、洗面台のカウンターには、実家から出てきた古道具や改修前の古家で使われていた古釘を白い台皿の上にディスプレイしました。細かいものを並べて飾るときは、トレーやプレートなど“境界”で囲うことでひとつの世界観が表現され、朝の支度が楽しくなる気がします。あらかじめ用途を限定してものを探すとなかなか好みのものに巡り合えませんが、「これはあれに使えるかも?」とひらめいたら、“見立てる”テクニックを試してみるとインテリアの楽しみが広がります。
スタイリングB “棚は、音楽のようにリズムよく飾る”
棚を飾るとき、ついつい詰め込みがちですが、ものは置き過ぎず、音楽のように小休止をとりながらリズムよく並べると見映えもよくなります。ポイントは、上手に“余白”をつくってあげること。なにも飾らない場所をつくることが大切です。照明器具の高さに合わせて造作したリビングの棚には、カイ・フランクの取っ手付きのガラスの器やグンナー・ニールンドの陶器など、特徴的なフォルムの北欧の陶器がバランスよく並んでいます。キッチンの構造柱を生かして浅い棚は、上段に透明な「ローゼンタール」のキャンドルホルダー、下段にカイ・フランクのショットグラスを色違いでリズミカルに飾っています。
スタイリングC “飾るものにストーリーをつくる”
窓から見える雑木林の景色は、このアトリエからもらった何よりのご褒美です。だから窓まわりのスタイリングにも気を遣いました。雑木林の眺める窓辺には一枚仕立てのカーテンをかけ、シアー生地の素材感が室内に柔らかな光を届けています。カーテンを開くと、窓辺のちょっとしたスペースには庭によく来るリスをテーマに、大理石のリスの置物や松ぼっくり、木の実が合わせて置かれています。想像力を膨らませて何かストーリーをつくってあげると、ちょっとしたスペースがお気に入りのギャラリーに変身します。
お気に入りの家具や道具たちのために間取りを考え、家づくりを行う。北軽井沢にあるスタイリスト黒田美津子さんのアトリエには、これから家を建てる人にも参考にしてもらいたいインテリアやスタイリングのヒントが溢れていました。



























